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高齢者の貧血は見逃さないで!隠れた消化管出血のサインとは

医学博士 安齋 千恵子
(横浜日ノ出町呼吸器内科・内科クリニック院長)

「最近、高齢の両親の顔色が優れない」「疲れやすくなった気がする」そんな変化を感じていませんか?

高齢者の貧血は、単なる加齢現象ではなく、消化管からの静かな出血が原因かもしれません。早期発見が命を守る鍵となります。

本記事では、見逃しやすい貧血のサインと、その背後に潜む疾患について解説します。

1. 高齢者の貧血とは?見逃されやすい理由


高齢になると、貧血のリスクは確実に高まります。

しかし、その症状は「年齢のせい」と片付けられがちで、重大な病気のサインを見逃してしまうことが少なくありません。

まずは、高齢者の貧血の実態と、なぜ見逃されやすいのかを理解しましょう。

1-1. 高齢者の貧血の実態

高齢者の貧血は、決して珍しいことではありません。若い世代に比べて発症率が高く、加齢とともにそのリスクは増加します。

貧血とは、血液中の赤血球やヘモグロビン(酸素を運ぶ物質)が減少し、全身に十分な酸素が届かなくなる状態です。

高齢者の場合、複数の要因が重なり合って貧血を引き起こすことが多く、原因の特定が難しいケースもあります。

1-2. なぜ高齢者の貧血は見逃されやすいのか?

高齢者の貧血が見逃されやすい理由は、症状が「老化現象」と混同されやすいためです。

疲れやすさ、息切れ、めまいなどは、年齢を重ねれば誰にでも起こりうる症状として受け止められがちです。

また、高齢者ご本人も「年のせい」と考えて医療機関を受診しないケースが多く、ご家族も気づきにくい傾向があります。

しかし、これらの症状の背後には、消化管出血や悪性腫瘍、呼吸器疾患などの重大な病気が隠れている可能性があるのです。

【参考情報】『高齢者の貧血』健康長寿ネット
https://www.tyojyu.or.jp/net/byouki/rounensei/hinketsu.html

1-3. 貧血と呼吸器の意外な関係

貧血は血液の病気として知られていますが、実は呼吸器にも深い関わりがあります。

赤血球が減少すると、肺で取り込んだ酸素を全身に十分に運べなくなり、息切れや呼吸困難といった呼吸器症状が現れます。

また、特発性肺ヘモジデローシスという、肺の毛細血管から出血を繰り返す稀な疾患では、慢性的な貧血が主症状となります。

◆『特発性肺ヘモジデローシスについて解説』について>>

このように、貧血と呼吸器は密接に関連しているため、呼吸器内科での診察も有効です。

2. 高齢者の貧血の主な原因


高齢者の貧血は、単なる鉄分不足だけが原因ではありません。実は、消化管からの少量の出血が長期間続いていることが多いのです。

早期発見のために、主な原因疾患を知っておきましょう。

2-1. 鉄欠乏性貧血と消化管出血

高齢者の貧血で最も多いのが「鉄欠乏性貧血」です。

高齢者の鉄欠乏性貧血の過半数が消化管出血を原因としていると言われています。

消化管出血とは、胃や腸などの消化管から少しずつ出血が続く状態です。大量に出血すれば吐血や下血として気づきやすいのですが、少量の出血が長期間続く場合、自覚症状がほとんどなく、知らない間に貧血が進行します。

【参考情報】『消化管出血について』 MSDマニュアル家庭版
https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/03-%E6%B6%88%E5%8C%96%E5%99%A8%E7%B3%BB%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E6%B6%88%E5%8C%96%E7%AE%A1%E5%87%BA%E8%A1%80/%E6%B6%88%E5%8C%96%E7%AE%A1%E5%87%BA%E8%A1%80

2-2. 消化管出血を引き起こす主な疾患

消化管出血の原因となる疾患には、以下のようなものがあります。

・胃・十二指腸潰瘍
ストレスや薬剤(痛み止めなど)が原因で潰瘍ができ、出血する。

・胃がん・大腸がん
消化管のがんは初期段階では症状が乏しく、貧血が最初のサインとなることがある。

・大腸ポリープ
良性のポリープでも出血の原因となる場合がある。

・逆流性食道炎
胃酸が食道に逆流し、粘膜を傷つけて出血することがある。

・血管異常
消化管の血管がもろくなり、出血しやすくなる。

これらの疾患は、早期に発見できれば治療可能ですが、放置すると命に関わることもあります。

【参考情報】『貧血 ~がんの治療を始める人に、始めた人に~』国立がん研究センター
https://ganjoho.jp/public/support/condition/anemia.html

【参考情報】”Gastrointestinal bleeding” by MedlinePlus, National Library of Medicine (NIH)
https://medlineplus.gov/gastrointestinalbleeding.html

2-3. その他の貧血の原因

鉄欠乏性貧血以外にも、高齢者には様々な貧血の原因があります。

まず、腎臓病、心不全、慢性感染症などの長期的な病気による「慢性疾患性貧血」です。

これらの病気が続くことで、体内の炎症反応が起こり、赤血球の産生が妨げられてしまいます。

次に、「ビタミンB12・葉酸欠乏」による貧血も見られます。食事の偏りや胃腸での吸収障害により、赤血球の生成に必要な栄養素が不足すると、正常な赤血球が作られなくなってしまいます。

また、加齢による「骨髄の機能低下」も原因の一つです。年齢を重ねると、血液を作る骨髄の働きが徐々に衰え、十分な赤血球を産生できなくなることがあります。

さらに「薬剤の副作用」として貧血が現れ、一部の痛み止めや抗がん剤などが赤血球の生成を妨げたり、破壊したりすることがあります。

高齢者の場合、これらの原因が複数重なって貧血を引き起こすことも珍しくありません。そのため、詳しい検査を行い、総合的に原因を突き止めることが重要です。

3. 貧血の症状と見逃しやすいサイン


貧血の症状は、日常生活の中で徐々に現れるため、気づきにくいことが特徴です。

特に高齢者の場合、「年のせい」と見過ごされがちです。早期発見のために、どのようなサインに注意すべきか確認しましょう。

3-1. 典型的な貧血の症状

貧血の典型的な症状には、以下のようなものがあります。

・疲れやすい、だるい:少し動いただけで疲労を感じる。
・息切れ、動悸:階段の上り下りや軽い運動で息が切れる。
・めまい、立ちくらみ:立ち上がったときにふらつくことがある。
・顔色が悪い、青白い:皮膚や粘膜の色が薄くなる。
・頭痛、集中力の低下:脳への酸素供給が不足する。
・爪が割れやすい、スプーン状に反る:鉄欠乏のサイン。

貧血が進行すると、肺や心臓に負担がかかり、肺性心(肺の病気が原因で心臓に負担がかかる状態)や肺水腫(肺に水が溜まる状態)を引き起こすこともあります。

◆『咳・倦怠感が強いときに考えられる病気について』について>>

◆『肺性心の原因や症状について詳しく』について>>

【参考情報】”Anemia” by MedlinePlus, National Library of Medicine (NIH)
https://medlineplus.gov/anemia.html

3-2. 見逃しやすい初期サイン

貧血の初期段階では、症状が軽微で気づきにくいことがあります。以下のようなサインに注意しましょう。

「いつもより疲れやすい」「食欲不振」「意図しない体重減少」などは、年のせいと見過ごしがちですが、急な変化があれば要注意です。

また、黒っぽい便(タール便)は消化管出血の可能性があり、微熱が続く場合は慢性的な炎症や感染症が原因となる場合もあります。

特に、高齢者が風邪でもないのに微熱や咳が続く場合、誤嚥性肺炎などの呼吸器疾患を疑う必要があります。

◆『誤嚥性肺炎について』について>>

3-3. 家族が気づくべきポイント

離れて暮らすご家族の場合、日常の変化に気づきにくいことがあります。以下のポイントをチェックしましょう。

・顔色や表情:会ったときに顔色が悪くないか確認。
・動作の変化:以前よりゆっくり歩いている、休憩が増えたなどを観察。
・会話の内容:「疲れた」「だるい」という言葉が増えていないか。
・食事の量:食事量が減っていないか、好きなものを残していないか。

定期的な連絡や訪問で、小さな変化を見逃さないことが大切です。

4. 貧血の検査と診断


貧血の診断には、血液検査が欠かせません。さらに、原因を特定するために消化管の検査なども必要になります。

負担の少ない検査から順に、どのような検査があるのかを解説します。

4-1. まずは血液検査から

貧血が疑われる場合、まず血液検査を行います。主な検査項目は以下の通りです。

・ヘモグロビン値
貧血の有無を判定する。(男性13g/dL未満、女性12g/dL未満で貧血)

・赤血球数
赤血球の数を測定する。

・ヘマトクリット値
血液中の赤血球の割合を示す。

・MCV(平均赤血球容積)
赤血球の大きさから貧血のタイプを判別する。

・血清鉄、フェリチン
体内の鉄の貯蔵量を調べる。

血液検査は簡単で負担が少なく、貧血の有無や種類を判断する重要な検査です。

4-2. 消化管の精密検査

鉄欠乏性貧血が確認され、消化管出血が疑われる場合、以下の精密検査を行います。

・上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
食道・胃・十二指腸を直接観察し、潰瘍やがんの有無を確認。

・大腸内視鏡検査(大腸カメラ)
大腸全体を観察し、ポリープやがんを発見する。

・便潜血検査
便に微量の血液が混じっていないか調べる。

・カプセル内視鏡
小腸など通常の内視鏡では届かない部位を観察する。

これらの検査により、出血源を特定し、適切な治療につなげることができます。

4-3. その他の必要な検査

貧血の原因が消化管以外にある場合、さらに詳しい検査を行うことがあります。

まず、腎機能検査では、腎臓病による貧血を確認します。腎臓は赤血球の生成を促すホルモンを分泌するため、腎機能が低下すると貧血を引き起こします。

また、骨髄検査では、血液を作る骨髄の状態を直接調べます。骨髄の機能に異常がないか、白血病などの血液疾患がないかを確認するための重要な検査です。

さらに、ビタミンB12・葉酸の測定により、栄養欠乏による貧血かどうかを判断します。これらの栄養素が不足すると、正常な赤血球が作られなくなります。加えて、胸部レントゲン・CT検査では、呼吸器疾患の有無を調べます。肺の病気が貧血の原因となっている可能性もあるためです。

このように、総合的な検査により、貧血の真の原因を突き止めることが重要です。

5. 貧血の治療と予防


貧血は適切な治療で改善できます。原因疾患の治療、鉄剤による補充療法、そして日常生活での予防が重要です。

それぞれの方法について説明します。

5-1. 原因疾患の治療が最優先

貧血の治療で最も重要なのは、原因となっている疾患を治療することです。

消化管潰瘍が原因の場合は、胃酸を抑える薬や抗生物質で治療します。消化管がんが見つかった場合は、手術、抗がん剤、放射線治療などの専門的な治療が必要になります。

大腸ポリープについては、内視鏡で切除することで出血を止めることができます。

また、腎臓病や心不全などの慢性疾患が原因の場合は、基礎疾患の管理を徹底することが重要です。

このように、原因を取り除くことで、貧血は改善に向かいます。特に高齢者の場合、咳が止まらず肺炎が隠れていることもあるため、呼吸器症状がある場合は早めの受診が重要です。

◆『熱がなくても危険な隠れ肺炎とは?』について>>

5-2. 鉄剤の補充療法

鉄欠乏性貧血の場合、鉄剤を補充します。 一般的には、錠剤やシロップなどの経口鉄剤で鉄を補給します。

ただし、胃腸障害が起こることがあるため、副作用が強い場合は医師に相談することが大切です。

経口摂取が難しい場合や急速な改善が必要な場合には、注射や点滴で鉄を投与することもあります。

鉄剤の服用期間は、数か月から半年程度継続することが一般的です。鉄剤の効果が現れるまで数週間かかるため、根気よく治療を続けることが大切です。

5-3. 日常生活での予防と注意点

貧血を予防し、再発を防ぐために、日常生活ではいくつかの点に注意しましょう。

まず、バランスの良い食事を心がけることが大切です。鉄分を多く含むレバー、赤身肉、ほうれん草、ひじきなどを積極的に摂取し、ビタミンCと一緒に摂ることで吸収を高めましょう。

また、年に一度は血液検査を受け、貧血の有無をチェックすることも重要です。

日常生活では、便の色や性状の変化に注意しましょう。黒っぽい便が出た場合は、消化管出血の可能性があります。疲れやすさや息切れなどの症状が現れたら、早めに受診しましょう。

ただし、これらの症状はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の可能性もあるため、症状が続く場合は呼吸器疾患も疑う必要があります。

ご家族のサポートも重要です。体調変化に気を配り、受診を促すことが早期発見につながります。

◆『COPD(慢性閉塞性肺疾患)を知っていますか?』について>>

【参考情報】『貧血予防に良い食事・食べ物・調理方法とは』健康長寿ネット
https://www.tyojyu.or.jp/net/kenkou-tyoju/eiyou-shippei/hint-hinketsu.html

高齢者のご家族がいる場合、周りのサポートも重要です。体調変化に気を配り、受診を促すことが早期発見につながります。

【参考情報】”Avoiding Anemia” by National Institutes of Health (NIH)
https://newsinhealth.nih.gov/2014/01/avoiding-anemia

6. おわりに

高齢者の貧血は、「年のせい」と見過ごされがちですが、その背後には消化管出血をはじめとする重大な疾患が隠れている可能性があります。

疲れやすさ、息切れ、顔色の悪さなどの小さなサインを見逃さず、早めに血液検査を受けることが大切です。

貧血は適切な治療により改善できますので、ご家族の健康を守るため日頃から体調の変化に気を配り、気になる症状があれば早めに医療機関を受診しましょう。

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