運動中に咳が止まらない理由とは?室内運動でも起こる咳喘息・気道過敏性の原因と対策を解説
(横浜日ノ出町呼吸器内科・内科クリニック院長)

「健康のために運動を始めたのに、軽いエクササイズでも咳が出てしまう」
このような悩みを抱えていませんか?運動は健康に良いはずなのに、なぜ咳が出るのでしょうか。
実は、運動中や運動後の咳には明確な原因があり、適切な対策を取ることで改善できる場合があります。
今回は、運動時の咳の原因と対策について詳しく解説します。
1. 運動中に咳が出る主な原因とメカニズム
運動中や運動後に咳が出る症状は、決して珍しいことではありません。
特にデスクワーク中心の生活から急に運動を始めた方によく見られる症状です。
1-1. 運動誘発喘息(EIA)とは
運動誘発喘息(Exercise-Induced Asthma, EIA)は、運動することにより、一時的に空気の通り道である気道が狭くなることで、咳や息切れ、「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という呼吸音(喘鳴:ぜんめい)などの症状が出る状態です。
運動後5~15分で症状が現れ、30~60分ほどで自然に治まることが多いのが特徴です。
運動時に呼吸回数が増えることで、大量の冷たく乾燥した空気を吸い込むことが主な原因となります。これにより気道が刺激され、炎症や収縮を引き起こします。
予防には、日頃からの喘息コントロールが最も大切で、丁寧なウォーミングアップや、必要に応じて運動開始前の気管支拡張薬の使用が推奨されています。
【参考情報】『運動誘発ぜん息』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/adult/knowledge/exercise.html
【参考文献】”Exercise-induced asthma ‒ Symptoms & causes” by Mayo Clinic Staff
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/exercise-induced-asthma/symptoms-causes/syc-20372300
1-2. 咳喘息による運動時の症状
咳喘息は、喘鳴や呼吸困難を伴わず、乾いた咳だけが長期間続く疾患です。
運動は咳喘息の症状を引き起こす要因の一つで、軽い運動でも気道が刺激されて咳が出やすくなります。
◆『2週間続く咳の原因を探る!あなたの咳はただの風邪?それとも…?』について>>
1-3. 気道過敏性
気道過敏性は、正常よりも気道が敏感になっている状態で、わずかな刺激でも咳や息苦しさを感じる状態です。
運動による換気量の増加が刺激となり、症状を引き起こします。
2. 室内運動環境に潜む咳の原因
室内での運動でも咳が出る場合、環境要因が大きく関わっている可能性があります。
2-1. ジムや運動施設の環境トリガー
エアコンによる乾燥
ジムや運動施設では、エアコンによる過度な乾燥が問題となることがあります。
湿度が40%未満になると、気道の粘膜が乾燥し、咳が誘発されやすくなります。
空調システムの汚れ
エアコン内部に繁殖するカビやダニの死骸、フンなどのアレルゲンが、運動中の激しい呼吸により多量に吸い込まれ、気道を刺激することがあります。
2-2. 室内運動環境のリスク因子
ハウスダストとダニ
室内運動時には、床に舞い上がったハウスダストやダニアレルゲンを吸い込みやすくなります。
特にカーペットや畳の上での運動は要注意です。
近年のアレルギー疾患増加の背景には、住環境の密閉化や室内のダニ増殖が深く関わっています。
対策としては、こまめな掃除と換気、絨毯からフローリングへの変更、家具類の整理整頓などが有効とされています。寝室環境の改善も重要で、防ダニ加工された寝具カバーの使用が効果的です。
【参考情報】『気管支喘息』厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/kenkou/ryumachi/dl/jouhou01-07.pdf
カビの胞子
湿度が高い環境や換気が不十分な場所では、カビが繁殖しやすく、その胞子が運動中の呼吸により気道に入り込んで咳を誘発します。
住まいの湿度管理は非常に重要で、特に床面や壁際の湿度を適切に保ち、ダニやカビの発生を抑制することが求められます。
【参考情報】『住居とアレルギー疾患』東京都保健医療局
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/kankyo/kankyo_eisei/jukankyo/indoor/kenko/index.files/zenbun3.pdf
◆『喘息やアレルギー症状の悪化を防ぐ!カビの掃除で気を付けること』について>>
2-3. 冷暖房による温度変化
急激な温度変化も気道を刺激する要因です。
特に冬場の冷たく乾燥した空気は、気道を冷やして収縮を引き起こし、咳や息苦しさの原因となります。
3. 自分でできる効果的な予防策
運動時の咳を予防するためには、環境調整と適切な準備が重要です。
3-1. 運動環境の改善
適切な湿度管理
室内の湿度を50~60%に保つことで、気道の乾燥を防ぎます。加湿器の使用や濡れタオルを干すなどの方法が効果的です。ただし、湿度が高すぎるとカビの発生原因となるため注意が必要です。
換気の徹底
運動前後の換気により、室内の空気を入れ替え、アレルゲンの濃度を下げることができます。可能であれば、運動中も適度な換気を心がけましょう。
清掃の徹底
床の掃除機かけ、エアコンフィルターの清掃、カーペットやクッションの定期的な洗濯により、アレルゲンを除去することが重要です。カビ対策においては、ダニ対策に加えて室内の湿気コントロールが欠かせません。特に浴室や台所などの水回りでは、使用後の十分な換気が必要です。
【参考情報】『(カビ)及びダニ対策について』厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/150522.pdf
3-2. 運動前の準備
十分なウォーミングアップ
軽い運動から始めて、徐々に運動強度を上げることで、気道への急激な負荷を避けることができます。15~20分程度のウォーミングアップが推奨されます。
マスクの着用
運動用マスクや薄手の布マスクを着用することで、吸い込む空気を温め、湿度を保つことができます。ただし、激しい運動時は呼吸が困難になる場合があるため、様子を見ながら使用しましょう。
水分補給の徹底
運動前後および運動中の水分補給により、気道の潤いを保つことができます。冷たすぎる水は避け、常温の水を少しずつ摂取しましょう。
3-3. 呼吸法の改善
鼻呼吸の意識
口呼吸ではなく鼻呼吸を心がけることで、吸い込む空気が温められ、湿度も保たれます。鼻には天然のフィルター機能もあるため、アレルゲンの除去にも効果的です。
腹式呼吸の練習
深く落ち着いた呼吸により、気道への負担を軽減できます。運動前の準備運動として腹式呼吸を取り入れることをお勧めします。
◆『息が吸えない咳の原因とすぐできる対処法4選』について>>
4. 運動時の咳が示す病気のサイン
運動時の咳は、時として重要な病気のサインである場合があります。
4-1. 見逃してはいけない症状
持続する咳
2週間以上続く咳は、単なる運動による一時的な症状ではない可能性があります。咳喘息や気管支喘息などの疾患が隠れている場合があります。
呼吸困難を伴う咳
軽い運動でも息切れが激しい、胸が苦しくなる場合は、心肺機能に問題がある可能性があります。
喘鳴(ゼーゼー音)
咳と同時にゼーゼー、ヒューヒューという音が聞こえる場合は、気管支喘息の可能性が高くなります。
◆『朝の咳と夜の咳の違い。咳が出るタイミングを知ろう』について>>
4-2. 咳喘息と気管支喘息の違い
咳喘息は喘鳴や呼吸困難を伴わず、乾いた咳だけが特徴ですが、約30%が気管支喘息に進行するといわれています。早期の診断と治療が重要です。
【参考文献】”Cough-variant asthma: one phenotype of asthma which lacks wheezing or dyspnea and can progress to classic asthma” by European Respiratory Journal (ERS)
https://publications.ersnet.org/content/erj/40/suppl56/p2341
4-3. その他の関連疾患
胃食道逆流症(GERD)
運動により胃酸が逆流し、気道を刺激して咳が出る場合があります。
慢性副鼻腔炎
鼻の奥の炎症により、後鼻漏(こうびろう:鼻水がのどに落ちる)が起こり、運動時の咳の原因となることがあります。
5. 医療機関受診の判断基準と緊急性
運動時の咳がいつ医療機関受診のサインなのかを知ることは重要です。
5-1. 早期受診が必要な症状
2週間以上続く咳
風邪症状がないにも関わらず、2週間以上咳が続く場合は、咳喘息や他の呼吸器疾患の可能性があります。
運動強度に関係ない咳
軽い運動や日常動作でも咳が出る場合は、気道の過敏性が高まっている可能性があります。
夜間や早朝の咳
運動とは関係なく、夜間や早朝に咳が出る場合は、喘息の典型的な症状です。
5-2. 緊急受診が必要な症状
激しい呼吸困難
運動中に息ができなくなる、会話ができなくなるほどの症状は緊急事態です。
チアノーゼ(唇や爪などが青紫色になる状態)
酸素不足のサインで、直ちに医療機関を受診する必要があります。
意識障害
運動中にめまいや意識がもうろうとする場合は、重篤な状態の可能性があります。
5-3. 専門医での検査と診断
呼吸器内科では、以下のような検査により正確な診断が可能です
・肺機能検査(スパイロメトリー)
・気道過敏性試験
・胸部X線検査・CT検査
・血液検査(アレルギー検査を含む)
・喀痰検査
6. 長期的な運動継続のための管理方法
運動時の咳があっても、適切な管理により安全に運動を続けることができます。
6-1. 段階的な運動強度の調整
低強度から開始
ウォーキングやストレッチなど、低強度の運動から始めて、徐々に強度を上げていきます。
運動日記の活用
どのような運動でどの程度の症状が出るかを記録し、自分に適した運動強度を見つけます。
体調に合わせた調整
咳がひどい日は運動を控えるか、より軽い運動に変更することが大切です。
6-2. 薬物療法の併用
医師の指導の下、以下のような薬物療法を併用することがあります
気管支拡張薬 運動前の吸入により、気道を広げて症状を予防します。
吸入ステロイド 気道の炎症を抑制し、過敏性を改善します。
抗アレルギー薬 アレルギー反応による症状を抑制します。
6-3. 定期的な経過観察
専門医による定期的な経過観察により、症状の変化を把握し、治療方針を調整していきます。
症状が改善すれば、薬物療法を減らしたり、運動強度を上げたりすることも可能です。
7.おわりに
運動中の咳は、適切な環境調整と予防策により多くの場合改善できます。
しかし、2週間以上続く咳や日常生活に支障をきたす症状がある場合は、早めに呼吸器内科を受診することをお勧めします。
正しい診断と治療により、安心して運動を続けることができるようになります。
健康のための運動が、かえって体調不良の原因とならないよう、適切な対策を心がけましょう。