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じん肺症の原因や症状、検査、治療について

医学博士 安齋 千恵子
(横浜日ノ出町呼吸器内科・内科クリニック院長)

じん肺症は、長期間にわたり粉じんを吸入することで引き起こされる職業性の肺疾患です。粉じんの種類によって珪肺症、石綿肺、有機じん肺など、さまざまな種類に分類されています。

初期症状は咳や痰が中心ですが、進行すると呼吸困難などの深刻な症状が現れることがあります。

そのため、早期発見と適切な治療が重要で、定期的な健康診断と職場環境の改善が不可欠だと言えます。

この記事では、じん肺症について症状や検査、治療についてご説明いたします。

1.原因


じん肺症は、職場などで長期間にわたり粉じんを吸入することで発症する肺の病気です。

吸入する粉じんの種類によってさまざまな種類に分類されています。

それぞれの粉じんが肺に与える影響は異なるため、じん肺症の症状や進行の速度は粉じんの種類によって変わってきます。

ここからは、代表的なじん肺症についてご説明いたします。

1-1.珪肺症

珪肺症は、もっとも古くから知られているじん肺症です。シリカ(二酸化ケイ素)を含む粉じんを長期間吸入することで発症します。

シリカは、岩石や砂、セメントなどに含まれている物質です。そのため、採石場や鉱山、建設現場などで働く方が曝露するリスクが高いとされています。

珪肺症の特徴は、肺の組織が徐々に硬くなっていくことです。これにより、肺の弾力性が失われ、呼吸機能が低下していきます。

初期段階では症状がほとんどないこともありますが、進行すると呼吸困難や慢性的な咳などの症状が現れます。

【参考文献】”Silicosis” by Cleveland Clinic
https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/22622-silicosis

1-2.石綿肺

石綿肺は、アスベスト(石綿)の粉じんを吸入することで発症するじん肺症です。
アスベストは、耐火性や断熱性に優れた天然の繊維状鉱物であり、かつて建築材料や自動車部品をはじめとするさまざまな製品に広く使用されてきました。
その繊維は極めて細かいため、研磨機や切断機を使用する作業や、飛散しやすい吹付け石綿の除去などの過程で、適切な措置を講じない場合に、飛散した粉じんを人が吸入してしまうおそれがあります。
吸入されたアスベストは、肺の組織を徐々に線維化させ、肺の弾力性を失わせるため、呼吸機能を低下させます。

このようにして発症する石綿肺は、さらに肺がんや中皮腫といった悪性腫瘍のリスクを大幅に高めることが知られています。
アスベストは、昭和50年に吹付け用途での使用が原則禁止されました。
しかし、そのあとも、スレート材(建物の屋根や外壁に使われる板状の建材)、ブレーキライニング(自動車や機械のブレーキで使われる部品)、防音材、保温材などさまざまな製品に利用され続けていました。
その後、健康被害の深刻さが認識されるにつれ、現在では原則としてその製造や使用が禁止されています。
なお、アスベストそのものが存在するだけでは直ちに健康被害が生じるわけではありません。繊維が飛散し、それを吸い込むことが問題となるため、労働安全衛生法や大気汚染防止法、廃棄物処理法などで飛散防止措置や管理が義務付けられています。
石綿肺は、主に職業上アスベスト粉じんに長期間曝露された労働者に発症するとされ、曝露期間が10年以上に及ぶ場合に発症するリスクが高まります。
潜伏期間が長く、アスベストへの曝露が終了してから15〜20年後に発症することが一般的です。
また、曝露をやめた後も病状が進行する場合があり、患者さんの生活の質を大きく損なうことが少なくありません。したがって、アスベストの飛散を防ぎ、曝露を回避するための徹底した管理が必要です。

【参照文献】厚生労働省『アスベスト(石綿)に関するQ&A』
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/sekimen/topics/tp050729-1.html

【参考文献】”Asbestosis” by Mayo Clinic
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/asbestosis/symptoms-causes/syc-20354637

1-3.有機じん肺

有機じん肺は、穀物、カビ、きのこ胞子などの有機物の粉じんを吸入することで発症するじん肺の一種です。
農業や食品加工業、きのこ栽培といった環境で働く方がとくに曝露リスクの高い職業病とされています。
有機物の粉じんは非常に細かく、吸入した場合体内で分解されにくいため肺に沈着し、その結果、肺組織が線維化し呼吸機能が損なわれることがあります。
主な原因物質には、穀物の収穫や加工中に発生する穀物粉塵があります。穀物粉塵は、収穫作業や穀物の取り扱い時に空気中に広がりやすいです。
そのほかに、湿度の高い環境で繁殖するカビが発生する胞子が挙げられます。
カビ胞子はとくに湿潤な条件で増殖が活発化し、吸い込むことで肺に沈着して炎症や線維化を引き起こすリスクがあります。
また、きのこの栽培や収穫時には、きのこ胞子が空中に拡散し、それを吸入することで有機じん肺の原因となります。
このような有機じん肺の特徴は、アレルギー反応や炎症反応が主な病態であることです。

そのため、ほかのじん肺症と比べて比較的早期に症状が現れることがあります。また、粉じんの曝露を避けることで症状が改善する可能性もあります。

1-4.溶接工肺

溶接工肺は、溶接作業中に発生する金属フューム(主に酸化鉄を主体とする金属粉じん)を吸入することで発症するじん肺症の一種です。
溶接作業では、1,200〜1,400°Cに熱せられた金属が溶ける際に微細な金属粒子が空気中に飛散し、この金属フュームを長期間吸入することで肺に炎症や線維化が起こります。
溶接工肺は日本におけるじん肺発生者数で最も多いじん肺症であり、職業病として
病理学的な特徴は、肺の上葉に小さな結節状の影が多数現れることです。これらの影は、X線検査などで確認され、診断の重要な手がかりとなります。
症状としては、咳や痰の増加、息切れ、呼吸困難が一般的ですが、ほかのじん肺症と比べて進行が緩やかなことが多いとされています。

1-5.超硬合金肺

超硬合金肺は、タングステンカーバイドやコバルトを主成分とする超硬合金の粉じんを長期間吸入することで発症する職業性肺疾患です。
これらの金属は、切削工具や耐摩耗性部品などの製造に使用されており、主に金属加工業や工具製造業に従事する方が曝露リスクを抱えています。
超硬合金製品の製造や使用過程で発生する粉じんが主な原因です。
病理学的な特徴として、巨細胞性間質性肺炎(GIP)が挙げられます。これは、肺組織内に巨細胞を伴う炎症が見られる特殊な病理像であり、超硬合金肺に特有の所見とされています。
さらに、疾患が進行すると、肺組織の線維化が進み、最終的には蜂巣肺と呼ばれる重篤な状態に至ることがあります。これにより、肺の弾力性が著しく低下し、呼吸機能が大幅に損なわれます。
一部の患者さんでは、アレルギー反応による喘息様の症状が認められることもあります。

【参照文献】厚生労働省 『日常生活において気を付けること〜じん肺と診断された方のために〜』
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11300000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu/0000212746.pdf

2.症状


じん肺症の症状は、粉じんの種類、曝露の程度、患者さんの体質によってさまざまに現れますが、一般的には以下のような特徴的な症状がみられます。
最初に現れることが多いのは「咳」や「痰」です。
初期段階では乾いた咳が主で、とくに朝や夜間に強まることがあります。病気が進行するにつれて、痰を伴う湿った咳へと変化し、慢性的なものとなる傾向があります。
咳は、次第にひどくなり、日常生活に大きな影響を与えることもあります。
また、じん肺症の進行とともに「呼吸困難」や「息切れ」が顕著になります。
初めは階段を上るときや急いで歩くときなど、からだを動かした際に軽い息切れを感じる程度かもしれません。
しかし、病状が進むと、わずかな動作や、安静時でも息苦しさを覚えるようになります。その結果、患者さんの普段の生活が大きく制限される場合があります。
そのほか、「胸の痛み」や「圧迫感」を訴えるケースも少なくありません。
これは、肺の組織が硬化することで胸郭の動きが制限され、肺に過剰な負荷がかかるためです。

◆咳で胸の痛みを感じる原因について>>

また、進行したじん肺症では「疲労感」や「体重減少」といった全身症状も現れます。これらは、呼吸機能が低下することで体内の酸素供給が不足し、全身のエネルギーが失われることが原因です。
さらに、じん肺症が進行するにつれて、肺の機能が著しく低下し、慢性的な呼吸不全に陥ることがあります。
この段階では、日常の些細な動作でも息切れを感じ、患者さんは安静を保たざるを得なくなります。結果として、生活の質が大幅に低下し、医療的な介助が必要になる場合も多いです。
じん肺症のもうひとつの大きな特徴は、ほかの呼吸器疾患を併発するリスクが高まる点です。
例えば、結核や慢性気管支炎、肺気腫といった慢性閉塞性肺疾患(COPD)のリスクが増大します。とくに石綿肺のケースでは、肺がんや中皮腫といった悪性腫瘍の発症リスクが非常に高くなることが知られています。
ただし、これらの症状はじん肺症に特有のものではなく、ほかの呼吸器疾患でも見られる可能性があります。
自己判断することは避け、粉じんを扱う職業に従事している方や、粉じんへの曝露経験がある方がこれらの症状を感じた場合、速やかに医療機関を受診することが重要です。

◆COPDについて>>

◆慢性気管支炎について>>

◆肺がんについて>>

【参考文献】”Pneumoconiosis” by Johns Hopkins Medicine
https://www.hopkinsmedicine.org/health/conditions-and-diseases/pneumoconiosis

3.検査


じん肺症の診断には、さまざまな検査が用いられています。これらの検査は、病気の有無を確認するだけでなく、進行度や合併症の有無を評価するためにも重要です。

まず、医師は問診を行います。問診では、患者さんの職業、粉じん作業歴、職場環境などを詳しく確認します。

じん肺症は職業性疾患であるため、問診での情報は診断において非常に重要です。

例えば、鉱山や建設現場での勤務歴、アスベストを扱う作業の経験などが、じん肺症のリスクを示す重要な情報となります。

次に、胸部レントゲン検査や胸部CT検査を行います。

これらの画像検査は、肺に繊維化の影があるかを確認するために不可欠です。

じん肺症では、肺の組織が硬くなり、特徴的な陰影が現れます。

例えば、珪肺症では上肺野(鎖骨と第2肋骨の間の肺の部位)を中心に小さな結節状の陰影が見られ、石綿肺では肺の下部や胸膜に線状の陰影が現れます。

また、画像検査は、肺がんなどの合併症がないかを確認するためにも重要です。

とくに、CTスキャンは小さな病変も検出できるため、早期の肺がん発見に役立ちます。

また、血液検査も行われます。これは、炎症の状態を調べるためです。

じん肺症では、肺の組織に慢性的な炎症が起こっているため、炎症マーカーが上昇していることがあります。血液検査では貧血の有無や肝機能、腎機能なども確認します。

さらに、呼吸機能検査も重要です。

呼吸機能検査では、肺活量や一秒量など、肺の機能を数値化して評価します。

じん肺症が進行すると、これらの値が低下します。また、拡散能力検査という、肺でのガス交換能力を調べる検査も行われることがあります。

必要に応じて、気管支鏡検査や肺生検が実施されることもあります。これらは、他の肺疾患との区別や、じん肺症の正確な診断と評価のために行われます。

以上のような検査結果を総合的に判断して、じん肺症の診断が行われます。また、定期的な検査では、病気の進行度や治療の効果を評価することが可能です。

4.治療


じん肺症の治療は、主に症状の緩和と病気の進行を抑えることを目的としています。
現時点では完治させることは難しいものの、さまざまな治療法を組み合わせることで患者さんの生活の質を向上させることができます。
まず、最も重要なことは、粉じんを吸入する環境の改善と防じん対策です。

治療というよりも予防に近いものですが、じん肺症の進行を止めるためには不可欠だといえます。

具体的には、職場環境の改善(換気システムの強化、防じんマスクの着用など)や、場合によっては職種の変更が必要になることもあります。

症状を和らげる治療としては、薬物療法が中心です。たとえば、咳には咳止め薬が処方されます。痰が絡む場合には、痰を出しやすくする去痰薬が用いられます。
呼吸が苦しいときには、気管支拡張薬で気道を広げ、呼吸を楽にすることができます。
また、じん肺症に伴ってアレルギー性の炎症が起こる場合には、ステロイド薬や免疫抑制薬が使用されることがあります。
これらは炎症を抑える効果がある一方で、副作用のリスクもあるため、医師の指導のもと慎重に使用することが重要です。
また、病気が進行して血中の酸素濃度が低下している場合には、在宅酸素療法が必要になることもあります。
ご自宅で患者さんが酸素吸入を行い、体内の酸素濃度を安定させることが可能です。これにより、呼吸困難が軽減され、日常生活がより快適になります。
さらに、感染症の予防も重要です。じん肺症の患者さんは呼吸器感染症にかかりやすい状態のため、インフルエンザや肺炎球菌(ニューモコッカス)のワクチン接種が強く推奨されます。
また、喫煙は肺の状態を悪化させる要因となるため、禁煙は欠かせません。

さらに、治療の一環として、呼吸リハビリテーションも効果的です。
リハビリでは、効率的な呼吸法を身につけたり、体力を維持するための運動を学びます。こうした取り組みは、呼吸困難を軽減し、日常生活の動作を楽にするのに役立ちます。
精神的なケアも忘れてはなりません。じん肺症は慢性的な病気であり、患者さんが不安やストレスを抱えることも多いでしょう。
心理カウンセリングや患者会への参加は、気持ちを支え、前向きに生活する助けとなります。
このように、じん肺症の治療は多角的な方法を必要としますが、適切なケアを受けることで症状をコントロールし、より充実した生活を送ることが可能です。

5.おわりに

じん肺症は、一度発症すると完治が難しい病気です。しかし、早期発見と適切な管理により、症状の進行を遅らせ、生活の質を維持することが可能です。
予防には、じん肺の原因となる粉じんを吸い込まないようにすることが何よりも大切です。
粉じんを扱う職場では、適切な防護具の使用や換気システムの整備など、職場環境の改善が不可欠だといえます。
また、労働安全衛生法に基づく粉じん対策の徹底や、定期的な職場でのリスク評価も非常に重要です。
さらに、定期的な健康診断を受けることで、早期発見・早期対応が可能です。健康診断では期段階でのじん肺症の兆候を見逃さないことが大切です。
もし、粉じんを扱う職業に就いている方で、咳や痰などの症状が気になる場合は、迷わず呼吸器内科を受診しましょう。適切な治療や生活指導を受けることで、病気の進行を防ぎ、健康を守ることが可能になります。

◆呼吸器内科を受診する目安>>

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