運動誘発性喘息に向き合う子どもと家族のための対策ガイド
(横浜日ノ出町呼吸器内科・内科クリニック院長)
呼吸が苦しくなったり、運動すると咳が出やすい…。思春期の子どもと保護者が「スポーツを続けたいけれど、喘息が心配」という声はとても多いです。
この記事では運動誘発性喘息のしくみと、子どもに多い吸入薬の正しい使い方・タイミングを解説します。
安全に運動や習い事を続けるための実践ガイドとして、ぜひお役立てください。
1. 運動で症状が出やすい理由(運動誘発性喘息の特徴)
.png)
運動中や後に咳や息切れ、呼吸が苦しくなることを「運動誘発性喘息」といいます。
これは運動自体が気道を刺激し、喘息の症状を引き起こすためです。
1-1. なぜ運動で喘息の症状が出るの?
運動中は酸素を多く取り込むため、呼吸が浅く速くなります。そのときに冷たい・乾いた空気を勢いよく吸い込むと気道の内側が刺激され、咳や呼吸時のゼーゼーとした音(喘鳴・ぜんめい)が出やすくなります。
とくに冬の冷気や春の花粉が多い季節は気道が敏感になりやすく、症状が強く出やすいです。
また、運動の刺激により気管支(気道)が収縮し空気の通り道が狭くなると、呼吸がしづらくなったり、胸の圧迫感を感じたりすることがあります。
症状は軽い咳だけで済むこともありますが、息切れや胸の違和感、呼吸音の変化が伴うこともあります。
【参考情報】”Exercise-Induced Bronchoconstriction (EIB)” by National Center for Biotechnology Information (NIH)
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK557554/
1-2. 見落としがちな「発作の前兆」
運動前に「なんとなく息が苦しい」「咳が続く」などの症状があれば、それは発作の前触れかもしれません。
とくに以下のようなサインには注意が必要です。
・朝晩に咳が増える
・笑ったり走ったり話すと咳が出る
・胸を押さえるしぐさが多くなる
・夜間に咳で目が覚める
これらは気道が過敏になっているサインです。
この段階で対処しないと、運動中に発作が起きる可能性が高まります。
前兆を見逃さないためには「咳の頻度が増えた」「薬の効きが弱いかも」といった変化に早めに気づくことが大切です。
症状が続くときは無理をせず医師に相談し、吸入薬の種類やタイミングを見直すことが運動継続の第一歩になります。
2. 吸入薬の基本と運動前後の使い方の違い

喘息治療に使う吸入薬には、発作をしずめる薬と発作を予防する薬の2種類があります。
とくにスポーツや運動をする子どもにとっては「いつ・どのタイミングで」薬を使うかがとても重要です。
このセクションでは、それぞれの薬の役割と、運動前後での使い分けを解説します。
2-1. 吸入薬の種類とその役割
喘息で使われる薬は、主に次の3つのタイプに分けられます。
目的と特徴を知ることで、発作予防や運動中の対策がしやすくなります。
<短時間作用性吸入β2刺激薬(SABA)>
気管支の筋肉をゆるめて空気の通りをよくする薬で、発作時や運動前の予防に使われます。
運動の15〜30分前に吸入すると発作予防に効果的とされており、運動誘発性喘息の対策としても推奨されています。
<吸入ステロイド薬(ICS)>
気道の慢性的な炎症を抑える薬です。即効性はありませんが、毎日使い続けることで気道の過敏性が下がり、発作が起きにくくなります。
ICSは喘息の長期管理薬の中心とされ、日本呼吸器学会などのガイドラインでもその重要性が示されています。
<ロイコトリエン受容体拮抗薬(LTRA)>
アレルギーによる炎症をおさえる薬で、花粉やダニなどが喘息の引き金になりやすい子どもに使われます。
ICSだけでは症状が安定しない場合や、補助的に併用することがあります。
2-2. 運動前の予防吸入のタイミング
運動中や運動後に発作を起こさないためには、事前の吸入がカギになります。
なかでも「運動の15〜30分前に短時間作用性吸入薬(SABA)を吸入する」ことで気道が広がった状態で運動を始めることができ、発作が起きにくくなります。
また、日頃から発作を防ぐための生活習慣を身につけることも大切です。
2-3. 運動後や発作時の使い方
運動後に咳や息苦しさが続く場合、または発作が起きた場合は次のように対応しましょう。
①短時間作用性吸入薬(SABA)を使用する
→ 症状が出たら1回吸入し、改善がなければ5〜20分後に再度吸入を検討
②改善がみられない場合は休息し、医療機関へ相談
→「呼吸が苦しい」「胸が締めつけられる」「会話が困難」などの症状は、重症化のサインです。こうした事態に備えて、発作時の行動計画を家族や学校と共有しておくと安心です。
【参考情報】『小児ぜん息 発作時の対応』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/basic/kodomonozensoku/hossa.html
このように薬の種類や使い方を理解し、正しいタイミングでの吸入を習慣づけることが安心して運動を続けるカギになります。
3. 季節や環境による注意点(冷気・花粉・湿度)
.png)
「冬になるとゼーゼーしやすい」「春は花粉で息苦しい」など季節ごとの変化に悩む子どもたちも少なくありません。
運動誘発性喘息は、冷たい空気・花粉・高温多湿などの刺激によって悪化することがあります。
ここでは季節・環境別の注意点と、スポーツを安全に続けるための工夫を紹介します。
3-1. 冬の寒さと冷気(乾燥空気の刺激)
冬の寒さは、喘息の症状を引き起こす代表的なトリガーです。
冷たく乾いた空気を吸い込むと気道が冷やされて刺激を受けやすくなり、ゼーゼーとした音や咳が出やすくなります。
また、空気の乾燥自体が気道を刺激するため注意が必要です。
対策のポイント
・外で運動する際は、マスクやネックウォーマーで鼻・口を覆って空気を温める
・ウォーミングアップ(10〜20分程度の軽い体操)で、体と気道をゆっくり運動モードにする
【参考情報】『天気とぜん息の関係を知っておきましょう②』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/sukoyaka/column/202207_2/
3-2. 春の花粉シーズン(アレルギー反応の影響)
春はスギ・ヒノキなどの花粉が大量に飛散します。アレルギー反応で気道が敏感になると、軽い運動でも咳や息苦しさが出やすくなります。
<花粉対策の工夫>
・花粉の多い日は屋内運動を選ぶ
・外出時はマスク着用・花粉情報のチェックを習慣に
・運動後は衣服をはたいて花粉を家に持ち込まないようにする
また、花粉の季節は予防吸入薬を計画的に使うことで発作リスクを抑えられます。
【参考情報】”Allergic Rhinitis (Hay Fever)” by American College of Allergy, Asthma & Immunology
https://acaai.org/allergies/allergic-conditions/hay-fever/
3-3. 高温多湿の夏・梅雨(熱・湿度・大気の変化)
高温多湿な梅雨〜夏は、カビやダニが増えやすく、喘息が悪化しやすくなります。
また、日差しや暑さによる熱ストレスや大気汚染の影響にも注意が必要です。
<夏・湿度対策>
・外で運動する際は涼しい時間帯(早朝・夕方)を選ぶ
・室内では冷房や除湿で温度、湿度を管理する
・水分補給と休憩を忘れずに
・大気が不安定な日は天気や空気質指数(AQI)を確認し、無理をしない
季節の変わり目や台風接近など、気候が急変する時期も症状が出やすいため普段以上に注意しましょう。
【参考情報】『天気とぜん息の関係を知っておきましょう①』環境再生保全機構
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/sukoyaka/column/202207_1/
4. 部活・学校生活で気をつけるポイント(持ち物・申告・周囲の理解)
.png)
「発作が出たらどうしよう」「先生や友だちにどう伝えたらいいの?」
喘息を持つ子どもが安心して学校や部活動、習い事に取り組むには、薬の携帯・情報の共有・周囲の理解が大切です。
4-1. 吸入薬は必ず持ち歩く
発作は思わぬタイミングで起こることがあるため、吸入薬は常に携帯しておくことが基本です。
以下のような場面では、発作用の吸入薬(SABA)をすぐ使えるようにしましょう。
・授業中
・体育の授業の前後
・放課後の部活や塾
・友だちとの外遊びや外出時
吸入器は専用ポーチに入れて、リュックや体操服バッグなど決まった場所に保管しておくと紛失も防げて安心です。
4-2. 学校・コーチ・保健室に伝えるべき情報
子どもが薬の使い方を理解していても、周囲が知らなければ対応が遅れます。
以下のような情報は、紙にまとめたり事前に伝えておくと安心です。
・吸入薬の名前と用途(予防用/発作時用)
・使用タイミング(例:運動の15分前)
・発作時の対応方法(例:安静・保健室へ・吸入補助)
・保護者への連絡方法(誰に・どう伝えるか)
特に体育や大会前には、担任や保健室、部活のコーチと共有しておくことが大切です。事前の情報共有が、子どもの安心と安全につながります。
また、周囲の誤解を防ぐためにも「喘息は正しく対処すれば運動できる」「無理をすれば悪化する」ことを伝え、理解を得ることが大切です。
◆『喘息の子どもが園や学校生活で注意すべきこと』について>>
5. 症状が悪化するサインと受診のタイミング

喘息と上手に付き合うには「これは要注意かもしれない」というサインを知っておくことが大切です。
受診のタイミングを理解しておけば、安心して日常生活を送ることができます。
発作や症状がひどくなる前に気づければ早めに対応でき、治療の見直しにもつながります。
5-1. 悪化のサイン(受診を考えるサイン)
以下のような症状がある場合、喘息のコントロールが不十分な可能性があります。
家族や本人が変化に気づくことが、早期対応につながります。
<運動後も症状が長引く>
運動後に咳や息苦しさが30分以上続く場合、発作が十分に治まっていないサイン。運動誘発性喘息の兆候として注意が必要です。
<夜間に咳や息苦しさが強くなる>
夜に咳が止まらず、眠れないことがある場合、症状が悪化している可能性があります。
<吸入薬で改善がみられない>
指示通り吸入しても症状が治まらないときは、薬の種類や使い方の見直しが必要です。医師に相談しましょう。
<呼吸が苦しい、話すことが困難>
呼吸がつらく、会話や日常動作が困難になる場合は重度の発作サインです。無理をせず、早めに医療機関へ。
<ゼーゼー(喘鳴)がはっきり聞こえる>
「ゼーゼー」「ヒューヒュー」といった音が聞こえるときは、気道が狭くなっているサインです。悪化の兆候として注意が必要です。
これらの症状が一つでも当てはまれば受診を検討しましょう。運動後・夜間に限らず、普段から続く症状も早めの相談が安心につながります。
【参考情報】『小児のぜん息 発作時の対応』東京都保健医療局
https://www.hokeniryo1.metro.tokyo.lg.jp/allergy/measure/asthma_children.html
5-2. 受診のポイント(どう受診する?)
発作時に慌てず行動するためには、受診のタイミングと準備を知っておくことが大切です。
① 定期受診で治療計画を相談
喘息の治療は継続的な管理が基本です。定期的な受診で次のことを確認しましょう。
薬の効果や使い方:成長や生活環境によって調整が必要になることがあります。
治療計画の見直し:季節や症状の変化に応じて、計画を再確認しましょう。
② 発作時の受診目安(救急対応が必要なサイン)
以下の症状がある場合は、ただちに医療機関に連絡をしましょう。
・呼吸が非常に苦しい
・唇や顔色が青白くなる
・胸のへこみ(陥没呼吸)
・日常動作ができないほどの息苦しさ
・吸入薬を使っても改善しない
いずれも強い喘息発作のサインです。顔色や呼吸の異変があれば救急対応を検討しましょう。
【参考情報】『喘息の発作がでたとき』茨城県小児救急医療啓発サイト
https://www.pedqq.pref.ibaraki.jp/condition/cond-3/
③ 救急受診の判断と受診の準備
夜間や休日などでかかりつけ医へすぐ受診できない場合でも、症状が強いときは救急外来や救急車の利用も選択肢です。
迷うときは救急相談センター(#7119)への相談も有効です。
救急受診の際には、以下の情報をメモしておくと診断がスムーズです。
・使用中の薬の名前・量・タイミング(吸入薬・内服薬)
・症状が出やすい時間帯や場面(運動中・夜間など)
・発作時の対処方法とその反応
・日常生活への影響(睡眠障害・欠席など)
こうした情報は治療方針の決定に役立ちます。普段から「喘息記録ノート」やお薬手帳を準備し、緊急時に持参できるようにしておくことをおすすめします。
6. おわりに
「喘息があるから運動をあきらめる」必要はありません。
吸入薬の正しい使い方やタイミング、季節ごとの注意点を理解することで、安心してスポーツや習い事を続けることができます。
運動誘発性喘息は、知識と備えがあれば大きな壁にはなりません。まずは主治医と相談し、自分に合った治療計画を立てることから始めましょう。
大切なのは無理をせず、でも前向きに。子どもが「好きなことをあきらめずに挑戦できる」よう、私たち大人が支えていきましょう。



