咳と乾燥の関係と、おすすめの乾燥対策
(横浜日ノ出町呼吸器内科・内科クリニック院長)

秋冬の季節や乾燥した環境で、咳が長引いて困ったご経験はないでしょうか。
これは、のどや気道の乾燥が咳を引き起こす一因となっているためです。
のどや気道の粘膜が乾燥すると、刺激に敏感になり、咳が誘発されやすくなります。
また、乾燥することによって粘膜の防御機能が低下し、ウイルスや細菌の侵入を招きやすくなります。
この記事では、咳と乾燥の関係について、また、効果的な乾燥対策をご紹介します。
1. 咳と乾燥の関係について
咳は、私たちのからだを守る重要な防御反応です。しかし、乾燥した環境ではこの防御反応が過剰に働いてしまうことがあります。
のどや気道の粘膜が乾燥すると次のような問題が生じます。
・粘膜の防御機能低下
粘膜の表面にある粘液層が薄くなり、外部からの刺激や病原体を防ぐ能力が低下します。
粘液層は、呼吸器系の最前線で働く重要な防御機構です。適度な湿度が保たれていれば、防御反応が効果的に機能し、吸い込んだ埃やウイルス、細菌などを体外に排出することができます。
・粘膜の過敏化
乾燥によって粘膜が傷つきやすくなり、わずかな刺激でも咳が誘発されやすくなります。
乾燥した粘膜は傷つきやすく、小さな刺激でも神経を刺激し咳反射を引き起こしてしまいます。
・粘液の粘度上昇
乾燥により粘液が濃くなり、気道の清浄化が難しくなります。これにより、異物や病原体が気道に留まりやすくなります。
・気道の収縮
乾燥した空気を吸い込むことで、気道が収縮し、呼吸がしづらくなることがあります。
これは、乾燥した空気が気道の粘膜を刺激し、防御反応として気道が狭くなるためです。気道が狭くなると、呼吸時の抵抗が増し、息苦しさを感じやすくなります。
これらの要因が重なり、乾燥した環境では咳が長引きやすくなるのです。
とくに冬の季節は、外気の乾燥に加えて暖房を使うことにより室内も乾燥しやすくなります。
暖房は、部屋の空気を温めますが、同時に空気中の水分が減って乾燥しやすくなります。これは、温められた空気が多くの水蒸気を抱え込むようになるためです。
その結果、体感的な乾燥感が増し、のどや気道への負担が大きくなります。
また、マスクの着用により口呼吸が増え、のどの乾燥が進みやすい状況にあります。
マスクを着用すると、鼻呼吸よりも口呼吸になりやすいため、口腔内の乾燥が進みます。
口呼吸では、鼻呼吸に比べて吸い込む空気の加湿が不十分となり、よりのどや気道が乾燥しやすくなります。
このような環境では、意識的に乾燥対策を行うことが重要です。適切な湿度管理や、のどの粘膜を潤す工夫を日常生活に取り入れることで、咳の軽減や予防につながります。
【参考文献】”Dry Air Can Negatively Impact Your Health — Here’s What To Do About It” by Cleveland Clinic
https://health.clevelandclinic.org/can-best-combat-effects-dry-winter-air
2. のどと気道の働きについて
のどと気道は呼吸器系において重要な役割を果たしています。これらの主な働きには、空気の加温・加湿、異物の除去、免疫防御、声の生成があります。
空気の加温・加湿は主に鼻腔と上気道で行われます。
鼻腔内の粘膜で空気が温められ、同時に粘膜から水分が供給されて空気が加湿されます。
これにより、肺に到達する空気は体温に近い温度と適度な湿度に調整され、肺胞が保護されます。
異物の除去は、気道表面の粘液層と繊毛の働きによって行われます。粘液層が吸い込んだ埃やウイルス、細菌などを捕え、繊毛の波打つような動きによってそれらを喉の方向へ運びます。
最終的に、咳やくしゃみ、飲み込むことで体外に排出されます。
免疫防御においては、気道の粘膜のリンパ球、好中球、マクロファージなどの免疫細胞が重要な役割を果たします。
これらの細胞は常に外敵の侵入に備えており、病原体を認識して攻撃したり、抗体を産生したりすることで、感染からからだを守ります。
声の生成は、喉頭にある声帯の振動によって行われます。
声帯は筋肉で覆われた組織で、呼気が通る際に振動して音を生成します。この音が口腔や鼻腔で共鳴することで声となります。
これらの機能を正常に保つためには、のどや気道の粘膜が適度な湿潤状態を保つことが重要です。
しかし、のどや気道が乾燥すると、次のような症状が現れることがあります。
・咳の増加
粘膜が過敏になり、わずかな刺激でも咳反射が起こりやすくなります。
・のどの痛みやイガイガ感
乾燥した粘膜は摩擦に弱く、呼吸や食べ物を飲み込む時に不快感を感じやすくなります。
・声のかすれ
声帯の潤いが失われ、振動が不規則になり、声の質に影響します。
・呼吸のしづらさ
気道が収縮し、息苦しさや胸の圧迫感を感じることがあります。喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんは特に注意が必要です。
・感染リスクの上昇
粘膜の防御機能が低下し病原体が侵入しやすくなります。また、粘液の流れが悪くなり、病原体が気道内に留まりやすくなります。
これらの症状は単に不快であるだけでなく、日常生活や仕事、睡眠の質にも影響を及ぼす可能性があります。
そのため、適切な乾燥対策を行うことが重要です。次の章で、具体的な乾燥対策についてご説明しましょう。
【参照文献】環境再生保全機構 『冷え込みや乾燥にご注意! 秋の悪化要因の対策』
https://www.erca.go.jp/yobou/zensoku/sukoyaka/column/202410_1/
【参考文献】“Larynx & Trachea” by NATIONAL CANCER INSTITUTE SEEP Training Modules
https://training.seer.cancer.gov/anatomy/respiratory/passages/larynx.html
3. 咳が出る時におすすめな乾燥対策
咳に悩まされている場合には、乾燥対策が非常に重要です。ここからは、のどの粘膜をうるおす方法と室内の加湿方法について、効果的な対策をご紹介いたします。
3-1. のどの粘膜をうるおす
のどの粘膜を潤すことは、咳の軽減や予防に直接的な効果があります。以下に、のどの粘膜を潤す方法をご紹介します。
こまめな水分補給
水やお茶を少量ずつ頻繁に飲むことで、のどの粘膜を常に湿った状態に保つことができます。
温かい飲み物は、のどを温めリラックス効果もあるため、特におすすめです。
蜂蜜レモン水や生姜入りの紅茶などは、のどの潤いだけでなく、抗炎症作用も期待できます。
蜂蜜には抗菌作用があり、のどの炎症を和らげる効果があります。レモンはビタミンCが豊富で、免疫力の向上に役立ちます。
生姜には、痰を軽減し、気道を広げる効果があるとされています。
のど飴やガムの利用
のど飴を舐めることで唾液の分泌が促進され、のどを潤すことができます。
ガムを噛むことも唾液の分泌を促し、のどの乾燥を防ぐ効果があります。
ただし、糖分の多いものは控えめにし、キシリトールなど虫歯予防効果のあるものを選ぶとよいでしょう。
のど飴のなかには、ハーブエキスや蜂蜜、プロポリスなどが配合されているものもあります。これらの成分には、抗炎症作用や抗菌作用があるとされ、のどの不快感を和らげる効果が期待できます。
うがいの実施
塩水やお茶でうがいをすることで、のどの粘膜を清浄に保ち、潤いを与えることができます。
うがいは、1日3回程度行うのが理想的です。
塩水うがいは、0.9%の生理食塩水(水500mlに対して塩4.5g)が最適だとされています。この濃度は人体の細胞内液と同じ浸透圧を持つため、粘膜を刺激せず、むしろ保護する効果があります。
お茶うがいの場合は、カテキンの抗菌作用も期待できます。緑茶や烏龍茶などを使用し、熱すぎない程度に冷ましてから行いましょう。
加湿スプレーの使用
携帯用の加湿スプレーを使用すると、外出先でものどの乾燥を防ぐことができます。
市販の製品もありますが、精製水を入れた霧吹きでも代用できます。市販の加湿スプレーには、ミネラルウォーターやハーブエキスなどが配合されているものもあります。
適度な運動
軽い運動や深呼吸を行うことで、体内の水分代謝が活発になり、のどの粘膜も潤いやすくなります。
ウォーキングやストレッチ、ヨガなどの軽い運動は、全身の血行を促進し、粘膜への栄養供給を助けます。また、適度な運動は免疫機能を高める効果もあるため、感染症の予防にも役立ちます。
保湿効果のある食品の摂取
ヨーグルトやオリーブオイル、アボカドなど、保湿効果のある食品を積極的に摂取することで、からだの内側からのどの粘膜を潤すことができます。
ヨーグルトに含まれる乳酸菌は、腸内環境を整え、免疫機能を高める効果があります。オリーブオイルやアボカドに含まれる不飽和脂肪酸は、体内の炎症を抑える効果があるとされています。
睡眠時の対策
就寝時は無意識のうちに口呼吸になりやすく、のどが乾燥しやすくなります。
就寝前に水分を摂取したり、加湿器を使用したりすることで、睡眠中ののどの乾燥を防ぐことができます。
就寝前の水分補給は、寝ている間ののどの乾燥を防ぐ効果がありますが、就寝直前の大量の水分摂取は夜間の頻尿につながる可能性があるので注意が必要です。
3-2. 加湿
室内の適切な湿度を保つことは、のどや気道の健康維持に非常に重要です。理想的な室内湿度は40〜60%とされています。以下に、効果的な加湿方法をいくつかご紹介しましょう。
加湿器の使用
最も一般的で効果的な方法です。加湿器にはさまざまな種類がありますが、主に以下のようなものがあります。
・超音波式
水を霧状にして放出する方式で、音が小さく消費電力も少ないです。
水を細かい霧状にして放出するため、すぐに効果を感じられます。ただし、水に含まれるミネラル分が白い粉となって周囲に付着することがあるので、定期的な清掃が必要です。
・スチーム式
水を沸騰させて蒸気を放出する方式で、雑菌が繁殖しにくいのが特徴です。熱い蒸気を出すため、冬場の暖房効果も期待できます。
ただし、消費電力が大きく、小さなお子さまがいるご家庭では火傷の危険性に注意が必要です。
・気化式
フィルターに水を含ませ、送風機で空気を送り込んで自然蒸発させる方式で、過剰加湿の心配が少ないです。自然な加湿が可能で、ミネラル分の飛散も少ないのが特徴です。
ただし、フィルターの定期的な交換が必要です。
加湿器を使用する際は、適切な湿度管理と定期的な清掃が重要です。湿度計を併用し、40〜60%の適切な湿度を保つようにしましょう。
また、加湿器の水は毎日交換し、週に1回程度は本体の清掃を行うことが理想です。
自然加湿法
観葉植物を置くことで、植物の蒸散作用により自然な加湿効果が得られます。加湿効果が高い植物としては、ベンジャミン、ポトス、パキラなどがあります。
また、水の入った容器を置くことでも緩やかな加湿効果が期待できます。
観葉植物は空気清浄効果もあり、室内の空気質改善にも役立ちます。
洗濯物の室内干し
室内干しをすることで自然な加湿効果が得られます。ただし、換気を十分に行い、カビの発生に注意する必要があります。
お風呂の湯気の活用
入浴後、浴室のドアを開けて湯気を部屋に逃がすことで、一時的に湿度を上げることができます。ただし、結露には注意が必要です。
濡れタオルの活用
濡れたタオルを部屋に干すことで、緩やかな加湿効果が得られます。暖房器具の近くに置くと、より効果的です。
霧吹きの使用
観葉植物や部屋の空間に霧吹きで水を噴霧することで、一時的に湿度を上げることができます。
加湿機能付き空気清浄機の使用
加湿と空気清浄を同時に行える機器もあります。花粉やPM2.5などの対策も同時にできるため、効率的です。
これらの機器は、空気中の汚染物質を除去しながら適切な湿度を保つことができるので、アレルギー症状がある方や、空気の質に敏感な方におすすめです。
換気を行う
加湿と同時に、適切な換気を行うことが大切です。
換気により室内の空気を入れ替えることで、湿度のバランスを保ち、カビやダニの発生を防ぐことができます。
冬場は寒さのために換気を怠りがちですが、1日に2〜3回、5〜10分程度の換気を行うのが理想です。
換気の際は、2か所以上の窓や扉を開けて空気の流れを作ると効果的です。また、換気扇を使用することで、より効率的に空気を入れ替えることができます。
これらの方法を組み合わせて実践することで、のどの粘膜を効果的に潤し、咳の軽減や予防につながります。
ただし、体質や生活環境によって最適な方法は異なるため、ご自分に合った方法を見つけることが大切です。
また、これらの対策を行っても症状が改善しない場合や、咳が長期間続く場合は、潜在的な疾患の可能性もあるため、医療機関への受診を検討しましょう。
特に、以下のような症状がある場合は、早めに医師の診察を受けることが重要です。
・2週間以上咳が続く
・痰に血が混じる
・呼吸困難や胸痛を伴う
・37.5度以上の発熱が続く
・急激な体重減少がある
これらの症状は、単なる乾燥による咳ではなく、より深刻な疾患の可能性も否定できません。
例えば、長引く咳は慢性気管支炎や喘息、さらには肺がんの初期症状である可能性もあります。痰に血が混じる場合は、気管支拡張症や肺結核などの可能性を考える必要があります。
呼吸困難や胸痛を伴う咳は、肺炎や気胸、さらには心疾患の可能性もあるため、迅速な医療対応が必要です。また、発熱が続く場合は、細菌性の肺炎や気管支炎の可能性があります。
急激な体重減少を伴う咳は、結核や悪性腫瘍などの全身性疾患の可能性であることがあります。これらの症状がある場合は、総合的な診断と適切な治療が必要となります。
このように早期発見・早期治療が重要な疾患の可能性があるため、心配な症状がある場合は躊躇せずに医療機関を受診しましょう。
最後に、咳や乾燥対策は、健康的な生活習慣の一部として捉えることが大切です。
適度な運動、バランスの取れた食事、十分な睡眠など、総合的な健康管理を心がけることで、より効果的に咳や乾燥から身を守ることができます。
毎日の生活のなかで、これらの対策を無理なく継続的に実践することが、長期的な健康維持につながります。
【参考文献】”Cough” by Mayo Clinic
https://www.mayoclinic.org/symptoms/cough/basics/when-to-see-doctor/sym-20050846
【参考文献】”Dry Cough” by Cleveland Clinic
https://my.clevelandclinic.org/health/symptoms/dry-cough
4. おわりに
乾燥は咳を引き起こす大きな要因のひとつであり、適切な対策を取ることで症状の改善や予防が可能です。
のどの保湿や室内加湿など、さまざまな方法をご紹介しましたが、これらを日常生活に取り入れることで、咳の軽減や予防に役立つ可能性があります。
さらに、乾燥による咳の予防には、十分な水分摂取も効果的です。特に冬は意識的に水分を摂るよう心がけましょう。
また、加湿器の使用に加え、濡れタオルを室内に干すなどの工夫も有効です。
外出時はマスクを着用し、のどを乾燥から守ることも大切です。定期的な換気も忘れずに行い、室内の空気を清浄に保つことで、咳の予防に役立ちます。
患者さんそれぞれによって最適な方法は異なるため、ご自分に合った方法を見つけることが大切です。
ただし、2週間以上咳が続く、痰に血が混じる、呼吸困難や胸痛がある、37.5度以上の発熱が続く、急激な体重減少があるなどの症状がある場合は、早めに呼吸器内科への受診を検討しましょう。