特発性肺ヘモジデローシスについて解説
(横浜日ノ出町呼吸器内科・内科クリニック院長)

特発性肺ヘモジデローシスは、肺への出血が繰り返し起こるまれな疾患です。主に10歳未満のお子さまにみられますが、若年層や中年層の方にも発症することがあります。
肺の中で赤血球(血液の細胞)が漏れ出して壊れてしまい、その中に含まれる鉄が肺にたまってしまうことが主な原因です。この鉄が肺にダメージを与え、さまざまな症状がでます。
特発性肺ヘモジデローシスのはっきりした原因はまだわかっていませんが、免疫の異常が関係している可能性があると考えられています。
また、一部の患者さんではセリアック病(小麦や大麦などに含まれるグルテンに対するアレルギー反応が起こる病気)を併発することがあります。
この記事では、特発性肺ヘモジデローシスの特徴、診断・検査、治療についてご説明いたします。
1.特発性肺ヘモジデローシスの特徴は?
特発性肺ヘモジデローシスは、その名前が示すように、原因不明(特発性)の肺(pulmonary)への鉄沈着(hemosiderosis)を特徴とする病気です。
もっとも一般的な症状として繰り返し起こる肺胞出血があります。
肺胞は、肺の中で酸素と二酸化炭素の交換を行う重要な部分です。特発性肺ヘモジデローシスでは肺胞に出血が起こり、それが繰り返されることでさまざまな問題が生じます。
肺胞で出血した血液の中の赤血球が壊れると、「ヘモグロビン」と呼ばれる物質が出てきます。
ヘモグロビンには鉄が含まれており、その鉄が肺組織に蓄積してしまいます。この鉄が蓄積する状態を「ヘモジデローシス」と呼びます。
鉄が肺にたまると、肺の組織が傷つきます。その結果、時間が経つにつれて肺の機能が弱くなったり、肺の組織が硬くなる「線維化」という状態を引き起こしたりする可能性があります。また、繰り返される出血は貧血の原因にもなります。
特発性肺ヘモジデローシスの原因はまだ完全にはわかっていませんが、免疫が自分を攻撃してしまう「自己免疫疾患」と関係があるのではないかと考えられています。
自己免疫疾患とは、からだを守るはずの免疫システムが誤って自分の組織を攻撃してしまう病気です。
特発性肺ヘモジデローシスの場合、肺胞の毛細血管内皮が免疫システムによって攻撃され、それが出血の原因になっているのではないかと考えられています。
また、特発性肺ヘモジデローシスの患者さんのなかには、セリアック病を併発している方が多いことが知られています。
セリアック病は、グルテンというタンパク質に対する自己免疫反応によって引き起こされる消化器系の疾患です。
この二つの疾患の関連性についても研究が進められていますが、まだ明確な結論は出ていません。
発症年齢は、主に10歳未満のお子さまですが、若年層や中年層の方にも発症することがあります。年齢によって症状の現れ方が異なることもあり、診断を難しくする要因となっています。
まれな病気である特発性肺ヘモジデローシスの発症率は、100万人に0.24〜1.23人程度と推定されています。
そのため、一般的な認知度は低く、診断に至るまでに時間がかかることもあります。
特発性肺ヘモジデローシスの特徴をまとめると、以下のようになります。
1. 繰り返し起こる肺胞出血
2. 肺への鉄(ヘモジデリン:鉄を含む色素の一種で、主に赤血球が壊れたあとに生成されたもの)の蓄積
3. 原因不明(特発性)であること
4. 主に小児に発症するが、成人でも見られる
5. 自己免疫疾患との関連が示唆されている
6. セリアック病との併発が多い
これらの特徴を理解することは、早期発見や適切な治療につながる重要な第一歩です。次の章では、具体的な症状についてみていきましょう。
【参考文献】”What are the characteristics of specific pulmonary hemosiderosis?” by National Organization for Rare Disorders
https://rarediseases.org/rare-diseases/idiopathic-pulmonary-hemosiderosis/
2.特発性肺ヘモジデローシスはどんな症状?
症状は、患者さんの年齢や病気の進行度によって異なりますが、主に以下のような特徴がみられます。
まず、最も重大な症状は呼吸器系の問題です。主に、以下のような三つの症状があります。
1. 息切れ
とくに活動中に息切れを感じることが多くなります。これは、肺の機能が低下しているためです。
2. 咳
初期段階では、たんを伴わない乾いた咳(乾性咳嗽)が見られることがあります。
3. 血痰や喀血
病気が進行すると、咳とともに血液が混じったたん(血痰)が出たり、口から血液を吐き出したりする(喀血)ことがあります。
ただし、とくに小さなお子さまの場合、血痰や喀血はあまりみられません。
次に、貧血に関連する症状がみられます。
肺からの出血が続くと、体内の鉄分が失われ鉄欠乏性貧血を引き起こすためです。貧血の症状には以下のようなものがあります。
・疲労感:普段よりも疲れやすくなったり、日常的な活動でも疲労を感じやすくなったりします。
・顔色の悪さ:顔色が悪くなったり、皮膚が蒼白になったりすることがあります。
・脱力感:からだに力が入りにくくなったり、だるさを感じたりすることがあります。
また、特発性肺ヘモジデローシスの症状は、患者さんの年齢によって現れ方が異なります。
お子さまの場合には、発育に関わる症状が目立つことが少なくありません。栄養が十分に吸収されず全身の状態が悪化するため、体重がなかなか増えず、身長の伸びも遅れることがあります。
さらに、貧血や体調不良が原因で食欲が低下し、必要な栄養を摂ることが難しくなる場合もあります。
その結果、通常の遊びや活動でも疲れやすくなり、日常生活への影響が現れることがあります。
一方、大人の方の場合は、日々の生活や活動で感じる症状が中心です。
たとえば、少し歩いたり階段を上ったりといった軽い運動でも、息が切れるようになることがあります。息切れは、肺の機能低下が進んでいることを示している可能性があります。
また、慢性的に疲労を感じるようになり、仕事や家事をこなすのが難しく感じることも一般的な症状です。これに加え、食欲が落ちることで体重が減少し、全身の健康状態がさらに悪化することがあります。
これらの症状は、特発性肺ヘモジデローシス以外の病気でもみられることがあるため、症状だけで診断を下すことは困難です。
また、症状の現れ方や程度は個人差が大きいため、同じ病気でも患者さんによって症状が異なります。
とくに注意が必要なのは、これらの症状が繰り返し現れたり、長期間続いたりする場合です。そのような場合は早めに医療機関を受診することが重要です。
特発性肺ヘモジデローシスは進行性の病気であるため、早期に発見し治療を開始することが症状の軽減や合併症の予防につながります。
次の章では、特発性肺ヘモジデローシスの診断・検査について詳しくみていきましょう。
【参照文献】日胸疾会誌 『特発性肺ヘモジデローシスの2症例』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrs1963/30/9/30_9_1749/_pdf/-char/ja
【参考文献】”Idiopathic Pulmonary Hemosiderosis” by National Library of Medicine
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK558962/
3.特発性肺ヘモジデローシスの診断・検査について
特発性肺ヘモジデローシスの診断は、症状や検査結果を総合的に判断して行われます。
特発性肺ヘモジデローシスはまれな疾患であり、症状がほかの病気と似ていることもあるため、正確な診断には複数の検査が必要です。
診断は通常、以下のような流れで進められます。
1.問診と身体診察
まず、患者さんやご家族から詳しい症状や病歴を確認します。いつ頃から症状が始まったか、どのような症状があるか、ご家族に同様の症状がある方はいないかなど細かく問診します。
また、聴診器を使って肺の音を聞いたり、体重や身長を測ったりするなどの身体診察も行います。
2. 血液検査
血液検査では、主に以下の項目をチェックします。
・貧血の有無:赤血球数、ヘモグロビン値、ヘマトクリット値などを調べます。
・鉄欠乏の程度:血清鉄、フェリチン、総鉄結合能(血液中の鉄を運ぶタンパク質がどれだけ鉄を結合できるか)などを測定します。
・炎症反応:CRPやESRなどの炎症マーカーを確認します。
・自己抗体:自己免疫疾患の可能性を調べるため、各種自己抗体を検査します。
3. 画像検査
胸部X線検査やCT検査を行い、肺の状態を詳しく観察します。特発性肺ヘモジデローシスでは、以下のような特徴的な所見がみられることがあります。
・びまん性の浸潤影(肺に霧がかかったような影)
・すりガラス影(肺がすりガラスのように白く濁って見える)
・網状影(網目状の影)
これらの変化は、肺の中で出血が起きていることや鉄がたまっていることを示しています。ただし、似たような変化はほかの肺の病気でも見られることがあるため、画像検査だけで断定することはできません。
4. 気管支肺胞洗浄(BAL)
気管支肺胞洗浄は、特発性肺ヘモジデローシスの診断において非常に重要な検査です。
この検査では細い管(気管支鏡)を気管から肺に挿入し、生理食塩水で肺の一部を洗い流します。
その洗浄液を回収して検査することで、肺の中の状態を詳しく調べることができます。
特発性肺ヘモジデローシスの場合、洗浄液に以下のような特徴が見られます。
・ヘモジデリンを貪食したマクロファージ(食細胞)の存在
・赤血球の存在(新しい出血がある場合)
この検査により、肺出血の有無や程度を直接確認することが可能です。
【参考文献】”Bronchoalveolar Lavage” by National Library of Medicine
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK430762/
5. 肺生検
場合によっては、肺の一部を採取して顕微鏡で観察する肺生検が行われることがあります。この検査では、肺組織の詳細な状態を確認することができ、ヘモジデリンの沈着や肺の線維化の程度を評価することができます。
ただし、肺生検は侵襲的(からだに負担を伴う)であるため、ほかの検査で診断がつかない場合や、別の疾患との鑑別が必要な場合に限って行われます。
6. そのほかの検査
特発性肺ヘモジデローシスとの関連が指摘されているセリアック病の検査や、そのほかの自己免疫疾患を除外するための検査が行われることもあります。
これらの検査結果を総合的に判断し、ほかの疾患の可能性を否定したうえで、特発性肺ヘモジデローシスの診断が下されます。
診断の工程は複雑で時間がかかることもありますが、正確な診断は適切な治療を行ううえで非常に重要です。医師の指示に従い、必要な検査を受けることが大切だといえます。
次の章では、特発性肺ヘモジデローシスの治療について詳しくみていきましょう。
4.特発性肺ヘモジデローシスの治療とは?
特発性肺ヘモジデローシスの治療の目的は、主に以下の項目です。
1. 肺出血を抑制する
2. 貧血を改善する
3. 肺の機能を維持・改善する
4. 合併症を予防する
これらの目的を達成するために、さまざまな治療法を行います。治療は、患者さんの年齢、症状の程度、全身状態などを考慮して個別に決定されます。
主な治療法は以下の通りです。
1.薬物療法
薬物療法は特発性肺ヘモジデローシスの治療の中心です。主に以下の薬剤が使用されます。
a) コルチコステロイド(ステロイド)
ステロイドは強力な抗炎症作用を持つ薬剤で、肺出血を抑制する効果があります。通常、プレドニゾロンなどの経口薬が使用されます。
急性期(症状が強い時期)には高用量で開始し、症状の改善に伴って徐々に減量していきます。
ただし、ステロイドの長期使用には副作用のリスクがあるため、慎重に使用する必要があります。
b) 免疫抑制剤
ステロイドだけでは効果が不十分な場合やステロイドの減量が難しい場合に、免疫抑制剤が併用されることがあります。主に以下のような薬剤が使用されます。
・アザチオプリン
・シクロホスファミド
・ミコフェノール酸モフェチル
これらの薬剤は、免疫系の働きを抑えることで肺出血を抑制する効果があります。
c) 抗凝固薬
一部の患者さんでは、抗凝固薬(血液を固まりにくくする薬)が効果を示すことがあります。ただし、出血のリスクを考慮しながら慎重に使用する必要があります。
2. 鉄剤補充療法
繰り返される肺出血により鉄欠乏性貧血を引き起こすため、鉄剤の補充が必要となります。
通常は経口鉄剤が使用されますが、重度の貧血の場合は静脈内投与が行われることもあります。
3. 輸血療法
重度の貧血や急性の出血がある場合には、赤血球輸血が必要となることがあります。
4. 酸素療法
肺機能が低下している場合や重度の貧血がある場合には、酸素療法が行われることがあります。これにより、体内の酸素不足を改善し、呼吸困難を軽減することができます。
5. 栄養管理
とくにお子さまの場合、適切な成長発達を促すために十分な栄養摂取が重要です。必要に応じて、栄養士による栄養指導や栄養補助食品の使用が行われます。
6. リハビリテーション
肺機能の維持・改善のために、呼吸リハビリテーションが行われることがあります。呼吸法の練習や、体力維持のための運動療法などです。
7. 心理的サポート
慢性疾患であるため、患者さんやご家族の心理的負担も大きくなります。必要に応じて、心理カウンセリングなどの心理的サポートも重要な治療の一部となります。
8. 定期的な経過観察
特発性肺ヘモジデローシスは長期的な管理が必要な疾患です。定期的な診察や検査を通じて、病状の変化や治療の効果を確認し、必要に応じて治療内容を調整します。
9. 合併症の予防と管理
肺の線維化や呼吸不全などの合併症を予防・管理するために、適切な治療と生活管理が重要です。
また、ステロイドの長期使用に伴う副作用(骨粗鬆症、糖尿病など)の予防と管理も必要となります。
10. 新しい治療法の研究
特発性肺ヘモジデローシスは希少疾患であるため、標準的な治療法が確立されていない面もあります。
現在も新しい治療法の研究が進められており、たとえば生物学的製剤(リツキシマブなど)の使用が試みられています。
治療は長期にわたることが多く、患者さんやご家族の協力が不可欠です。医療チームと密に連携を取りながら、最適な治療を継続していくことが重要です。
治療にあたって、症状や副作用に不安を感じたら、遠慮なく担当医に相談してみましょう。患者さん一人ひとりに合わせた、きめ細やかな治療を行うことが、特発性肺ヘモジデローシスの管理には欠かせません。
【参考文献】”Idiopathic pulmonary hemosiderosis: a review of the treatments used during the past 30 years and future directions” by National Library of Medicine
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33184706/
5.おわりに
特発性肺ヘモジデローシスは、肺への繰り返しの出血を特徴とする疾患です。原因はまだ完全には解明されていませんが、自己免疫疾患との関連が示唆されています。
息切れや咳、貧血などの症状を引き起こし、とくに小児期に発症することが多いですが、成人でも見られます。
診断にはさまざまな検査が必要で、治療は主に薬物療法が中心です。
特発性肺ヘモジデローシスは慢性疾患であり、長期的な管理が必要です。
しかし、適切な治療と管理により、多くの患者さんが症状をコントロールし、良好な生活の質を維持することができます。