更年期の疲労感の原因はいびき?睡眠の質を改善する方法を解説
(横浜日ノ出町呼吸器内科・内科クリニック院長)

「しっかり寝ているのに疲れが取れない」「朝起きても頭がぼーっとする」そんな症状でお悩みではありませんか?
更年期障害による睡眠の問題だと思っていても、実は自分では気づかない「いびき」が原因かもしれません。
女性ホルモンの減少により、気道が狭くなりやすくなる更年期。睡眠の質を改善するための対策をご紹介します。
1. 更年期女性の睡眠の質が低下する理由
更年期を迎えた女性の約6割が睡眠に関する悩みを抱えています。
これまで「更年期障害の一症状」として捉えられることが多かったのですが、近年の研究で意外な原因が明らかになってきました。
1-1. 女性ホルモンの減少が睡眠に与える影響
更年期になると、エストロゲンとプロゲステロンという2つの女性ホルモンが急激に減少します。
これらのホルモンは、実は睡眠の質を保つために重要な役割を果たしています。
プロゲステロンには呼吸を促進する働きがあり、「天然の睡眠薬」とも呼ばれています。
このホルモンが減少すると、睡眠中の呼吸が浅くなり、十分な酸素が取り込めなくなります。その結果、夜中に何度も目が覚めたり、朝起きても疲労感が残ったりするのです。
【参考情報】『更年期障害の診断と治療』日本産科婦人科学会
https://www.jsog.or.jp/
1-2. 見逃されがちな更年期の睡眠時無呼吸症候群
更年期女性の睡眠時無呼吸症候群の発症率は、閉経前と比べて約3倍に増加します。
しかし、女性の場合は男性のような大きないびきをかくことが少ないため、家族にも本人にも気づかれにくいのが特徴です。
エストロゲンの減少により、気道周辺の筋肉が緩みやすくなり、睡眠中に気道が狭くなったり、一時的に閉塞したりします。これが「静かな無呼吸」を引き起こし、睡眠の質を大きく低下させる原因となります。
【参考情報】『女性の睡眠時無呼吸症候群について』日本睡眠学会
https://jssr.jp/
2. 女性ホルモンの減少がいびきを引き起こすメカニズム
更年期における女性ホルモンの変化は、想像以上に呼吸や睡眠に深く関わっています。
そのメカニズムを理解することで、適切な対策を立てることができます。
2-1. プロゲステロンの減少と気道の関係
プロゲステロンは、上気道の筋肉を緊張させて気道を広く保つ働きがあります。
妊娠中にいびきをかきにくくなるのも、このホルモンの分泌が増加するためです。
更年期になりプロゲステロンが減少すると、舌やのどの筋肉が緩みやすくなります。特に睡眠中は筋肉の緊張が自然に低下するため、気道がより狭くなりやすい状態になります。
“Upper airway muscle activity in normal women: influence of hormonal status” by University of Colorado Health Sciences Center
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9480969/
2-2. エストロゲンの減少による体型変化
エストロゲンの減少は、体脂肪の分布にも影響を与えます。
更年期になると、これまで主に下半身に蓄積されていた脂肪が、お腹周りや首回りに蓄積されやすくなります。
首回りの脂肪が増加すると、外側から気道が圧迫され、いびきをかきやすくなります。また、舌の基部にも脂肪が蓄積されるため、仰向けで寝ると重力により舌が後退し、気道を塞ぎやすくなります。
2-3. 筋力低下による気道の狭窄
加齢とホルモンの減少により、全身の筋力が低下します。特に、気道を支える筋肉群の衰えは、いびきの発生に直接影響します。
上気道周辺の筋肉が衰えると、睡眠中に気道が虚脱しやすくなります。これにより、空気の通り道が狭くなり、いびきや無呼吸が生じやすくなるのです。
3. 女性特有の「静かな無呼吸」の症状と影響
女性の睡眠時無呼吸症候群は、男性とは異なる特徴を持っています。
この違いを理解することで、早期発見と適切な対処が可能になります。
3-1. 大きないびきを伴わない呼吸障害
女性の場合、完全な気道閉塞よりも、気道の狭窄による呼吸困難が多く見られます。
これは「上気道抵抗症候群」と呼ばれ、以下のような特徴があります。
・大きないびきをかかない
・呼吸が浅くなる
・頻繁に覚醒する
・深い睡眠が取れない
このような症状は、従来の睡眠時無呼吸症候群の診断基準では見逃されやすく、「更年期の不眠」として処理されることが多いのです。
3-2. 女性特有の日中症状
女性の睡眠時無呼吸症候群では、以下のような日中の症状が現れやすいとされています。
・朝起きた時の頭痛
・日中の強い疲労感
・集中力の低下
・気分の落ち込み
・記憶力の低下
これらの症状は、更年期障害の症状と重複するため、見過ごされやすいという問題があります。しかし、適切な診断と治療により、大幅な改善が期待できます。
3-3. 夜間頻尿との関連
睡眠時無呼吸症候群の女性では、夜間頻尿の症状が現れることがあります。
これは、無呼吸により心臓への負担が増加し、心房性利尿ペプチドというホルモンが分泌されるためです。
夜中に何度もトイレに起きることで、さらに睡眠の質が低下し、悪循環に陥ってしまいます。
4. スマートフォンアプリを使ったセルフチェック方法
現在では、スマートフォンを使って手軽にいびきや睡眠の質をチェックできるアプリが多数開発されています。
医療機関を受診する前の予備的なチェックとして活用してみましょう。
4-1. おすすめの睡眠チェックアプリ
以下のアプリが、いびきや睡眠の質のチェックに効果的です。
いびきラボ
睡眠中のいびきを自動的に録音・分析するアプリです。いびきの強度や頻度を数値化し、グラフで表示します。改善策を試した後の効果測定にも活用できます。
Sleep Cycle
睡眠の深さや覚醒回数を記録し、睡眠パターンを分析します。最適なタイミングでアラームを鳴らし、自然な目覚めをサポートします。
SnoreClock
いびきの音量と頻度を測定し、睡眠体位との関連性を分析します。どの体位で寝るといびきが軽減されるかを確認できます。
4-2. 効果的な測定方法
アプリを使用する際は、以下の点に注意して測定してください。
継続的な測定:最低1週間は連続して測定し、パターンを把握する
環境の統一:同じ部屋、同じ寝具で測定する
生活習慣の記録:飲酒、食事時間、ストレス状況も併せて記録する
体調の変化:月経周期や体調の変化との関連も観察する
4-3. 測定結果の活用方法
収集したデータは、以下のような形で活用できます。
・いびきの頻度と強度の把握
・睡眠効率の算出
・中途覚醒の回数の確認
・生活習慣との関連性の分析
これらの情報は、医療機関での診察時に有効な参考資料となります。
5. 日常生活でできるいびき対策と睡眠の質改善法
いびきや睡眠の質の改善には、日常生活の見直しが重要です。更年期女性に特に効果的な対策をご紹介します。
5-1. 睡眠環境の最適化
寝室の環境調整
寝室の温度は18~22℃、湿度は40~60%に保つことが理想的です。乾燥は気道の粘膜を刺激し、いびきを悪化させるため、加湿器の使用をおすすめします。
照明の調整
就寝2時間前から照明を暗めに調整し、メラトニンの分泌を促進します。スマートフォンやタブレットのブルーライトは、睡眠の質を低下させるため、寝る前の使用は控えましょう。
寝具の選択
枕の高さは、頭部が軽く前屈する程度が適切です。高すぎると気道が圧迫され、いびきの原因となります。マットレスは、体型に合った適度な硬さのものを選びましょう。
“Blue light has a dark side” by Harvard Health Publishing
https://www.health.harvard.edu/staying-healthy/blue-light-has-a-dark-side
5-2. 睡眠体位の改善
横向き寝の推奨
仰向けで寝ると、重力により舌が後退し、気道を狭めます。横向きで寝ることで、気道の確保が容易になり、いびきの軽減効果が期待できます。
体位維持の工夫
横向きの体位を維持するために、以下のような方法が効果的です。
・抱き枕の使用
・背中にクッションを置く
・横向き寝専用の枕を使用する
5-3. 食事と飲酒の管理
食事タイミングの調整
就寝3時間前までに夕食を済ませることで、胃腸の負担を軽減し、睡眠の質を向上させます。また、消化による体温上昇を避けることで、より深い睡眠が得られます。
アルコールの制限
アルコールは一時的に眠気を誘いますが、気道周辺の筋肉をさらに弛緩させ、いびきや無呼吸を悪化させます。特に就寝前の飲酒は控えることが大切です。
5-4. 口腔・咽頭筋の強化
舌の筋力トレーニング
舌を前に突き出したり、上あごに強く押し付けたりする運動により、舌の筋力を強化できます。1日数回、各10秒間行うことで効果が期待できます。
口輪筋のトレーニング
口を大きく開けたり、「あいうえお」の口の形を大げさに作ったりする運動も効果的です。これらの筋肉を鍛えることで、気道の維持がしやすくなります。
5-5. 口呼吸から鼻呼吸への改善
鼻づまりがある場合は、口呼吸になりがちでいびきの原因となります。鼻炎やアレルギー症状がある方は、適切な治療を受けることが重要です。
【参考情報】『睡眠障害の疫学と対策』厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/
6. 専門医療機関での診断と治療選択肢
症状が改善しない場合や、セルフチェックで問題が疑われる場合は、専門医療機関での精密検査を受けることが重要です。
6-1. 専門医療機関での検査方法
睡眠ポリグラフ検査(PSG)
病院での一泊検査により、睡眠中の脳波、呼吸、心拍、筋電図などを同時に測定します。無呼吸の回数や重症度を正確に評価でき、睡眠の質や構造を詳細に分析できます。
簡易睡眠検査
自宅で実施可能な検査で、呼吸センサーと酸素飽和度を測定します。PSGほど詳細ではありませんが、スクリーニング検査として有用です。
日中多睡眠潜時検査(MSLT)
日中の眠気の程度を客観的に評価する検査です。ナルコレプシーなど、他の睡眠障害との鑑別に使用されます。
6-2. 治療選択肢の詳細
CPAP療法
持続的陽圧呼吸療法により、気道を強制的に開放する治療法です。重症の睡眠時無呼吸症候群に対する標準的な治療として、高い効果が期待できます。
口腔内装置(OA)
下顎を前方に固定することで気道を広げる装置です。軽度から中等度の症例に適用され、日常生活への影響が少ないため、女性に人気の治療法です。
手術療法
気道拡大手術や鼻腔形成術により、構造的な問題を解決します。他の治療法が無効な場合や、明らかな解剖学的異常がある場合に検討されます。
6-3. 女性特有の治療上の配慮
女性の睡眠時無呼吸症候群治療では、以下の点に特別な配慮が必要です。
・ホルモン周期との関連性の考慮
・妊娠・授乳期の治療方法の調整
・美容面への配慮(マスクの種類など)
・更年期症状との総合的な管理
特に、治療効果の判定においては、月経周期やホルモン治療の影響を考慮する必要があります。
6-4. 適切な診療科の選択
いびきや睡眠時無呼吸症候群の症状がある場合は、呼吸器内科での診察をおすすめします。鼻づまりが原因となっている場合は、耳鼻咽喉科との連携も重要です。
【参考情報】『睡眠時無呼吸症候群の診断と治療』日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/
7.おわりに
更年期の睡眠不調は、決して「年齢のせい」として諦めるべきものではありません。
女性ホルモンの減少による「いびき」や「軽度の無呼吸」が原因となっている可能性があります。
まずはスマートフォンアプリを使ったセルフチェックから始めて、気になる症状があれば専門医に相談することが大切です。
適切な診断と治療により、質の良い睡眠を取り戻し、より健康的で充実した毎日を送ることができるでしょう。