湿布の成分が喘息に与える影響と安全に使用するためのポイント
医学博士 安齋 千恵子
（横浜日ノ出町呼吸器内科・内科クリニック院長）
（横浜日ノ出町呼吸器内科・内科クリニック院長）
最終更新日 2025年11月27日
肩こりや腰痛のときに便利な湿布。しかし、「貼ったあとに咳き込む」「息苦しくなる」といった声もあります。
実は、湿布に含まれる成分やにおいが、喘息のある方の敏感な気道を刺激することがあるのです。
この記事では、まず喘息とはどのような病気かを確認し、湿布の成分がどのように影響するのか、安全に使うための注意点を呼吸器内科の立場から解説します。
なお、本記事は一般向けの説明であり、個別の診断や治療を置き換えるものではありません。既往歴や内服薬の有無によって対応が異なるため、症状が続く場合は医療機関にご相談ください。
1. 喘息とは？気道が敏感な状態にある病気です
喘息は「息がしづらい」「咳が続く」といった症状をくり返す病気ですが、その背景には“気道の炎症”が常に存在しています。
炎症のある気道は刺激に敏感で、普段なら問題にならないにおい・薬の成分・温度差などでも反応を起こします。
まずは、喘息という病気の仕組みと、日常生活でどんな刺激が影響するのかを理解しておくことが大切です。
1-1. 喘息の基本的な仕組み
喘息（気管支喘息）は、空気の通り道である気道に慢性的な炎症があり、わずかな刺激でも反応が強く出やすくなる病気です。
代表的な症状は、ヒューヒュー・ゼーゼーという喘鳴（ぜんめい）、咳、胸の圧迫感などです。
これらの症状は波のように良いときと悪いときを繰り返し、完全に治まったように見えても再び出現することがあるのが特徴です。
気道の内側は炎症で腫れ、筋肉が収縮して空気の通り道が狭くなります。
そのため、わずかな刺激でも咳が出やすくなり、夜間や明け方など気温差が大きい時間帯には症状が悪化しやすくなります。
特に冷たい空気を吸い込む・香りの強い成分を吸入する・風邪をひくといった状況では、気道の炎症がさらに強くなり、発作を誘発することがあります。
【参考情報】『What Is Asthma?』National Heart, Lung, and Blood Institute (NIH)
https://www.nhlbi.nih.gov/health/asthma
1-2. 発作が起きやすくなる要因と日常管理
気温差、風邪、花粉、たばこの煙、薬剤、においなど、さまざまな刺激が引き金となります。
つまり、喘息は「気道が過敏な状態が続いている」病気であり、湿布のような外用薬でも刺激の影響を受ける可能性があります。
治療の基本は、発作を起こさない状態を保つことです。そのために、吸入ステロイド薬を中心とした継続的な治療と、誘因の回避が重要になります。
「今は落ち着いているから」と薬を中断してしまうと、気道の炎症が再び強まり、湿布など外的な刺激にも過敏に反応しやすくなります。
また、香水・柔軟剤・線香・掃除用洗剤など、身の回りのにおいも刺激になり得ます。これらを避ける生活環境の工夫が、喘息の安定を支える鍵です。
さらに、発作が起きやすい季節（春・秋など気圧差が大きい時期）には、湿布や塗り薬を使う前に体調を確認する習慣を持つと安心です。
【参考情報】『気管支喘息Q&A』日本呼吸器学会
https://www.jrs.or.jp/citizen/disaster/all/
【参考情報】『気管支喘息』厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/kenkou/ryumachi/dl/jouhou01-06.pdf
2. なぜ湿布で咳や息苦しさが起きるのか
湿布は、痛みや炎症を和らげる目的で多くの方が使用する医薬品ですが、その中には敏感な気道に刺激を与える要素が含まれています。
喘息のある方では、湿布の使い方や環境によって思いがけず咳や息苦しさを感じることがあります。
ここでは、その原因を分かりやすく整理します。
2-1. 清涼成分やにおいによる刺激
湿布は痛みや炎症を抑える貼り薬ですが、その働きに関わるいくつかの要素が喘息に影響することがあります。
(1) におい（メントールなどの清涼成分）：スーッとする清涼感のもとになる成分が空気中に広がり、気道を刺激することがあります。
メントールやカンフルなどの揮発性成分は、香りが心地よく感じられる一方で、気道が敏感な人には刺激物となる場合があります。こうした成分を吸い込むと、咳や喉の違和感、胸の圧迫感が起こることがあります。
2-2. 成分過敏・環境による影響
(2) 成分（NSAIDsやサリチル酸系など）：一部の人はこれらの鎮痛成分に過敏で、湿布でも咳や発作を誘発することがあります。
(3) 貼る部位と環境：胸や首の近くは呼吸に関係する部位のため影響を受けやすく、また就寝前や換気が不十分な部屋では成分がこもりやすくなります。
これらの条件が重なると、むせる・咳が出る・胸苦しさが起きやすくなります。特に夜間は発作が起きやすいため、寝室での使用や胸元への貼付は避けるようにしましょう。
清涼感の強い製品や、貼った直後の“におい立ち”が強い製品は、敏感な方では短時間でも刺激になるため、まずは短時間から試すのが安全です。
「貼ってすぐ喉がいがらっぽい」「息を吸い込むとムズムズする」などのサインがあれば、無理をせず中止しましょう。
さらに、こうした症状が何度も起こる場合は、湿布の影響だけでなく、喘息のコントロール状態が不安定になっている可能性もあります。発作がない状態でも、咳や息苦しさが続くときは治療の見直しが必要です。
使用を控える勇気も大切であり、「何が原因か分からないけれど違和感がある」と感じたら、一度休薬期間を設けて様子を見ることをおすすめします。
【参考情報】『知っておきたい薬の知識』厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000666014.pdf
3. どんな湿布が喘息に合わない？成分と選び方のポイント
湿布には痛みを抑える成分や香料など、さまざまな成分が含まれています。
喘息を持つ方では、特定の成分や使い方によって気道が刺激され、咳や発作が出やすくなる場合があります。
3-1. 注意が必要な主な成分とその特徴
湿布に含まれる主な成分を、作用と注意点を交えて整理します。難しい化学名を覚える必要はありませんが、「どんな特徴があるのか」を知っておくと安心です。
・清涼成分（メントールなど）
貼るとひんやりして気持ちが良い一方で、空気中に広がるため気道を刺激することがあります。強い香りの製品は避け、無香料や低刺激タイプを選びましょう。
無香料でも独特のにおいを感じることがあります。心配な方は、まずは小さく切って数十分だけ貼り、違和感がないか確認してから本使用に移りましょう。
・サリチル酸系・NSAIDs（インドメタシン、ロキソプロフェレン、ケトプロフェンなど）
痛みや炎症を抑える主成分ですが、「アスピリン喘息」と呼ばれるタイプの人は反応を起こす場合があります。鎮痛剤で息苦しくなった経験がある方は、湿布でも注意が必要です。
飲み薬で過去に咳・息苦しさ・蕁麻疹が出たことがある方は、湿布でも同系統の成分に注意が必要です。成分名は箱や説明書に小さく書かれているので、購入前に必ず確認しましょう。
・香料・防腐剤など
香りや保存のために加えられる成分が揮発して空気中に広がり、刺激になることがあります。においが強い製品は控えましょう。
これらの成分が気道に刺激を与える場合、体質に合った製品選びが重要です。
3-2. 使用時に気をつけたい環境と貼り方
湿布の刺激は使い方によって大きく変わります。
胸や首など呼吸に近い部位を避け、できるだけ腰・背中・太ももなど、呼吸から距離のある場所に貼りましょう。
とくに夜間は発作が起きやすいため、寝る前に貼るのは避けるか、就寝2〜3時間前に外すのがおすすめです。
また、貼る際には室内の換気を行い、成分のこもりを防ぎましょう。
3-3. 安全に使うためのチェックリスト
① 無香料・低刺激タイプを選ぶ
② 胸や首など気道に近い場所は避ける
③ 使用前に換気を行い、就寝前は使用を控える
④ 初回は短時間だけ貼って様子を見る
⑤ 異常があればすぐに中止し、症状が続く場合は受診
⑥ 鎮痛剤で反応が出たことがある場合は、湿布でも注意
⑦ 使用製品の成分表示や箱を保管しておく
加えて、汗をかきやすい季節は湿布の刺激が強く出やすいため、長時間貼りっぱなしにせず、必要な時間だけ使いましょう。
また、家族と同じ部屋で使うときは、香りの拡散にも注意が必要です。特に小児や高齢者がいる家庭では、共有空間での使用を避けましょう。
これらのポイントを守ることで、湿布を安全に使いながら痛みを和らげることができます。
4. 症状が出たときはすぐに対応を
湿布を貼ったあとに咳や息苦しさを感じた場合、まず大切なのは「焦らずに適切な対応をとること」です。
喘息を持つ方では、軽い違和感でも発作につながることがあります。症状が出たときの具体的な対処法と、医療機関を受診すべきタイミングを整理しておきましょう。
4-1. すぐに行うべき対処
湿布を貼ったあとに咳や息苦しさ、ゼーゼーとした呼吸音が出た場合は、ただちに湿布をはがし、皮膚をやさしく洗いましょう。
部屋の換気を行うか屋外へ出て、清涼成分や香料の影響を減らします。
咳や呼吸の違和感があるときは、深呼吸を繰り返さず、少し前かがみの姿勢をとると呼吸がしやすくなります。
可能であれば、落ち着ける椅子やソファに座り、体を締め付ける衣類をゆるめてください。
普段から定期的に吸入薬を使っている方は、医師の指示に従って頓用吸入薬を使用します。
改善がみられない場合や、会話が困難・唇の色が紫がかるなどの症状が出た場合は、迷わず救急要請してください。
皮膚のかゆみや赤みが強い場合は、気道刺激とは別に接触性皮膚炎が起きている可能性もあります。
石けんを使わずぬるま湯で洗い流し、症状が続くようなら皮膚科を受診しましょう。
4-2. 受診が必要なサイン
症状が落ち着いたら、使用した湿布の名称・成分・貼った部位・症状の経過を記録しておきましょう。
医療機関では、それらをもとに成分や発作の関連を判断します。
呼吸器内科やアレルギー科を受診する際は、湿布の箱や写真を持参すると診断の助けになります。
また、湿布以外の鎮痛薬でも息苦しさが出た経験がある方は、医師に必ず伝えてください。NSAIDs過敏が疑われる場合は、検査や専門的な評価が行われることもあります。
頓用吸入薬を使っても改善しない場合は、喘息コントロールの再評価が必要です。医師の判断で吸入薬の種類や量を調整することもあります。
同時に、皮膚症状（赤み・水ぶくれ・痛みなど）が強いときは皮膚科への受診を併用してください。
また、症状が数時間〜数日続く場合、湿布による刺激以外にも感染やアレルギーの悪化が関与していることがあります。繰り返す場合は自己判断で使用を続けず、専門医の診察を受けましょう。
5. アスピリン喘息・NSAIDs過敏の可能性がある方へ
鎮痛薬を飲んだり湿布を使ったりしたあとに息苦しさや咳が出た経験がある場合、それは「アスピリン喘息（NSAIDs過敏）」のサインかもしれません。
湿布にもこれらの成分が含まれていることがあり、注意が必要です。ここでは、このタイプの特徴と医療機関での対応を紹介します。
5-1. このタイプの特徴
鎮痛剤を飲んで息苦しくなったこと経験がある、湿布を使うと毎回咳が出たり鼻づまりがある人は、鎮痛薬に反応しやすい体質の可能性があります。
このタイプでは、体の中で炎症物質が増えやすく、少量の鎮痛薬でも気道が狭くなることがあります。飲み薬だけでなく、湿布の薬が皮膚から吸収されて発作を引き起こすこともあるので注意が必要です。
「少量でも強く反応する」「1度発作を起こすと繰り返しやすい」という特徴があるため、ため、自己判断で使い続けるのは危険です。
また、鼻や副鼻腔に慢性的な炎症がある人はこの体質になりやすいことが知られています。普段から鼻づまりやにおいの低下がある場合は耳鼻科で相談すると良いでしょう。鼻の治療を並行して行うことで、全身の炎症を抑え、喘息発作の頻度を減らせることがあります。
【参考情報】『Aspirin-Exacerbated Respiratory Disease (AERD)』American Academy of Allergy, Asthma & Immunology (AAAAI)
https://www.aaaai.org/tools-for-the-public/conditions-library/asthma/aspirin-exacerbated-respiratory-disease-(aerd)
5-2. 医療機関での評価と対応
医療機関では、過去の発作歴、薬の種類、湿布の使用部位、症状の出方をもとに総合的に判断します。
問診のほか、必要に応じて呼吸機能検査やアレルギー検査を行い、NSAIDs過敏の有無を確認します。
このとき「どの薬でどんな反応が出たか」「湿布か内服か」を具体的に伝えることが重要です。
NSAIDsすべてが使えなくなるわけではありません。医師の判断のもとで、アセトアミノフェンなど比較的安全に使える鎮痛薬を選択できることがあります。
また、物理療法（温罨法・ストレッチなど）や非NSAIDsの外用剤で痛みを和らげる方法も有効です。
発作を起こしたことがある人は、今後同様の薬剤を使用しないよう「薬剤アレルギー」として医療機関に情報を共有しておきましょう。救急時の安全確保につながります。
さらに、医師の指示でロイコトリエン受容体拮抗薬などを併用することで、NSAIDs過敏の症状を安定化させる治療もあります。自己判断せず、必ず医師に相談しましょう。
【参考情報】『鎮痛・鎮痒・収れん・消炎薬について』厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/01/s0117-9d36.html
おわりに
湿布は便利な医薬品ですが、喘息の方では成分やにおいが刺激になることがあります。
無香料製品の選択や換気、貼る部位・時間の工夫で多くは防げます。とくにNSAIDs過敏症の方は湿布でも反応が起こることがあるため、医師・薬剤師に相談しながら安全な方法を選ぶことが大切です。
体質に合う製品を選べば、湿布を完全に避ける必要はありません。「使う」「控える」の基準を持ち、違和感があれば無理をせず相談してください。
香りや刺激が強い製品を使う際は体調と気道の状態に注意し、日々の小さな変化を見逃さないことが喘息安定の鍵です。
